【日中再考】似て非なる隣人(14)当局“公認”の不払い


 中国東方租賃有限公司(東方リース)といえば、中華人民共和国の歴史でも栄光の外国合弁企業である。一九八一年にきらきら輝く希望の星としてデビューした。改革開放で中国市場に全世界の熱い視線が集まったとき、外国合弁第一号として登場した会社だったのだ。
 東方リースはしかも中国で初めてのリース企業だった。日本のオリックスが出資し、中国側の最大手ノンバンク、中国国際信託投資公司と組んでの合弁である。中国企業に必要な紡績、皮革、食品加工などの機械類を外貨の提供で製造元から購入し、賃貸するという金融リース事業を開始した。

 中国側の企業はこれに飛びつき、東方リースには全土から注文が殺到した。日本の銀行や商社もオリックスの成功に見習い、日中合弁のリース会社をつぎつぎに設立して、中国市場に進出した。日中合弁リース企業は四十社にも達した。

 トップを切った東方リースは最初の五年ほどは大成功だった。同社の本社は北京市街北部の近代ビルにおかれ、二百人からの社員が深夜まであわただしく働き、熱気が渦巻いた。

 だがスタートから二十年、いまの東方リース本社は同じ北京市内でも日系企業としては珍しいほど質素で古いビルに移されていた。オフィスも小さく、従業員もまばら、それになにより活気がない。この劇的な衰退の理由はただ一つ、中国側の顧客がリースの代金を払わなくなったことである。他の日系リース企業も軒並みに同じ不運をたどった。

 「リース事業で得た最大の教訓は中国のビジネスではどんなことでもすべて自分で確認しないとなにが起きるか分からない、相手を決して信用できない、ということですね。現代ビジネスでこれだけはどんなことがあっても履行されるだろうと当然視することが中国市場ではできないのです」

 日系リース企業の日本人幹部は暗い表情で述懐する。

 いまではリース代金不払いは日中経済関係のノド深く突き刺さった太いトゲとなった。中国市場の特異体質のシンボルともいえる。未払い金額は総額六億六千万ドル(約七百二十億円)という大スケールなのだ。両国政府間でも日本側が何度も解決を求め、中国政府も九六年に二億ドルの特殊ローンを出し、救済を試みたが、全体の構図は変わらない。日本側ではこれだけ被害を受けながら、なお大声で発言する人はいない。だから日中いずれも一般には知られていない。日中関係のこれまた奇怪な一面なのだ。

 中国の市場経済の果実をフルに享受するかにみえた日系リース企業に中国側からの代金が払われなくなったのは八五年以後だった。八七年には日系全社が大幅な延滞、未払いに直面していた。相手はみな国、省、市などに所属する公営企業である。しかもリース契約では母体の行政当局が連帯保証人となっていた。

 日系企業側は直接の相手の公営企業からなにも得られなければ、保証人の市や省の当局に支払いを求めた。だが行政機関も責任を認めず、支払いを拒むケースが続出した。日系企業側はやむをえず裁判所に訴えるが、中国の裁判所は事実上、地元の行政機関や共産党組織の下位におかれ、独立した権限を発揮しない。

 八〇年代末には中国政府は行政機関がこの種の保証人になることを禁じたため、以後のリース契約では国立四大銀行など金融機関が保証人となった。現在の日本側の債権総額は行政機関、金融機関それぞれの保証分、約三億三千万ドルずつとされる。東方リースでは九三年には本来のリース業務はすべてやめて、代金回収だけに集中するようになった。他社も同様だった。

 債務不履行という現象自体は日本を含めて、どこの国にも存在する。だが中国の場合、国や省、市の当局、さらには国立銀行が債務を履行せず、しかも裁判所が履行の命令を下しても効果がないという点が異色なのである。東方リースと四川省重慶市政府との十年間の係争は中国のその異質性を象徴していた。

 東方リースは八四年に重慶市所属の国有企業「重慶ニット工場」に紡績機械をリースした。だが代金未払いが続き、九〇年には同工場と保証人の重慶市に対し約二億円の債務履行を求める訴訟を起こした。一審も二審も勝訴して、九二年には債権取り立ての強制執行令を得た。だが同ニット工場は破産を申請し、リース機械類は別の中国企業に勝手に譲渡された。

 東方リース側は機械類の差し押さえを試みるが、武装警官に実力で阻まれる。重慶市は資金不足や保証責任否定の主張を繰り返し、とにかく払わないという態度を何年も続けた。この間、九九年には日本政府は重慶市に無償援助百数十億円を環境保護目的で贈った。同市は日本の政府から百数十億円をもらいながら、日本の企業には二億円の債務も払わない、というのだ。

 さすがに日本政府が介入した。ことし五月、谷野作太郎駐中国大使が重慶市長あてに書簡を送り、この案件が解決されなければ、いま中国政府が日本側に懇願する中西部開発への協力や今後の対中政府開発援助(ODA)全般に悪影響が出ることを警告した。翌月、重慶市は債務の半分以上を払うことで和解を求め、東方リースもこれに同意した。東方リースの加藤匠社長は「日本政府の介入がなければ、解決しなかったでしょう。日本から巨額の援助を受けているのだから、せめて日本への少額の借金ぐらい払ってほしいという心情でした」と語る。

 だがなお七百億円以上の未払いは残るのである。

 (北京 古森義久)・