【パリの屋根の下で】山口昌子 発見から25年…やっと正当評価
【パリの屋根の下で】山口昌子 発見から25年…やっと正当評価


 本人が一番、驚いたはずだ。何しろ、25年ごしの賞といえるからだ。エイズの原因ウイルスの発見で今年度のノーベル医学・生理学賞に輝いたリュック・モンタニエ氏(76)だ。1981年に症例が公式に報告されたこの謎のウイルスによる感染症は当初、強い恐怖感のために医学者でさえ研究治療を忌避する傾向がみられた。

 仏パスツール研究所の細菌研究部長だったモンタニエ氏は82年に今回の受賞者になった部員のフランソワーズ・バレシヌシ氏(61)らとチームを結成した。83年1月には患者の血液から未知のウイルスの分離に成功、同年5月には科学専門誌「サイエンス」にその新ウイルス「LAV」に関する論文も発表した。

 ところが84年4月に米国立衛生研究所のロバート・ギャロ博士がそれとは別に新たなウイルス「HTLV3」を発見したと発表。エイズの原因ウイルス発見をめぐって米仏の科学論争が巻き起こると同時に、検査方法の特許をめぐる係争に発展した。ギャロ博士が国際的な著名人でカリスマ性に富んでいるのに対し、モンタニエ氏は地味な研究者だったことから、ギャロ博士の方が目立つ印象もあった。

 両方のウイルスが同じものであることがわかり、86年にはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)という名称が定められている。87年に当時のレーガン米大統領とシラク仏首相との間で、特許料に関してはパスツール研究所と衛生研究所で折半することで政治決着したときは、仏国内でも「これで良し」とする雰囲気が強かったという。しかし91年に博士が「HTLV3」が実はモンタニエ氏から送られた「LAV」だったことを告白。94年には特許料を双方で20%ずつ分けた後、残ったお金については50%がパスツール研究所、25%が衛生研究所、25%をエイズ世界基金で分けるという仏側に有利な条件で最終決着した。

 この直後にインタビューをしたことがある。モンタニエ氏がウイルス発見や特許係争には関心を示さず自分の最新の研究である「ワクチンの展望」について熱心に説明してくれたのが印象的だった。ギャロ博士がエイズウイルスに次いでワクチンも近々、発見されると予測していたのに対しモンタニエ氏は「ワクチンや治療薬がすべてではない。感染者が安定した状態で暮らせる方法も探すべきだ」と主張していた。その主張は当たっていたといえる。

 モンタニエ氏が65歳で研究所を定年退職したときは「特例を設けるべきだ」との声もあった。しかしフランスでは誰も何もしなかった。

 受賞の知らせにサルコジ大統領をはじめフランスは左右の党派を超えて祝辞ラッシュだが、モンタニエ氏は本国から遠く離れた滞在先のコートジボワールの都市アビジャンで「エイズは相変わらず存在する」と指摘していた。フランス通信(AFP)によると感染者は現在世界で約3300万人、エイズによる死亡者はこれまでに約2500万人。謎のウイルスの発見から25年後の受賞は決して遅くないのかもしれない。産経