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日本の国民はいつまで、麻生太郎首相の心ない発言につき合えばよいのか。5日の麻生首相の郵政民営化に関する発言に、あぜんとした。首相は小泉純一郎内閣で総務相を務めていたが、郵政民営化に賛成ではなかった。しかし大臣の一人として郵政民営化法に賛成し、解散詔書にサインしたと発言した。この発言は責任回避である。国民に対する首相としての責務を放棄するものだ。7日の産経「主張」は、「耳を疑うような発言」と評した。私も同じ気持ちだった。 郵政民営化に反対なら、なぜ辞表を出さなかったのか。政治家にとって出処進退をきちんとすることは、一番重要なことである。ところが麻生首相は逃げ口上で、当時の“気持ち”を持ち出し、正当化しようとした。政治家にとって言い訳は、不正直を意味する。7日の産経は、「小泉純一郎元首相は5日、中川秀直元幹事長と会った際、『(総務相当時の)麻生君は反対じゃなかった』と述べ、首相の言動に不快感を示した」と報じた。小泉内閣の最重要案件について、こんなに大きな記憶違いが生じるとは、どうしたことだろうと思っていたら、9日の衆院予算委員会で、麻生首相はまた発言を修正し、民営化に賛成したから解散詔書にサインした(10日の産経)と述べた。どうしてこんな首相を指導者にしているのか、わが身を嘆きたくなる。麻生首相は「政局より政策」と唱えながら、結局、政局のために言葉をもてあそんできただけではないか。 3日の衆院予算委員会でも、公務員の「渡り」斡旋(あっせん)禁止について、3年を待たずに前倒しで廃止を決めた理由を、「昨今いろいろ言われるから、しゃにむに1年でやろうと申している」(産経、4日)と述べた。この発言でも、首相は逃げ腰である。渡り斡旋を禁止すると決めたのなら、「昨今いろいろ言われるから」など言わないことだ。これでは、国民は首相が本気で公務員制度改革を実現しようとしているとは、信じることはできない。定額給付金問題にしても、首相はいまだに発言にぶれを見せている。 首相は場当たり的な発言をしてはいけない。首相は岩をも砕く信念を語らなければならない。国民に日本の将来像をはっきりと示してこそ、国民は勇気づけられる。国民が首相に求めているのは、口当たりの良い言葉ではない。麻生内閣の命脈は、はや尽きている。(産経 東京本社発行最終版による)学習院大学名誉教授・藤竹暁
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