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■手の内見せず決勝にかける シドニー、アテネ両五輪に出場した宇津木妙子監督のソフトボール日本代表チームには、エース級の投手が4〜5人いた。だが、プレートからの距離が約1メートル延びるルール改正で投手の引退が相次ぎ、斎藤春香監督率いる北京五輪代表で先発完投が可能なのは、上野由岐子投手と坂井寛子投手の2人だけになった。 それでも本番まで、斎藤監督は主要な大会の米国戦で上野投手を登板させなかった。相手に慣れさせないためだ。「負けにいったのか」と批判されても「忍耐もまた戦略です」とぶれない。 ◆米国との化かし合い 北京五輪で日本は米国と3度戦い1勝2敗。初戦は上野投手を登板させなかった。「あの段階で警戒すべきは米国でなく中国。地の利があったから」という。 ページシステム(敗者復活戦を含む変則トーナメント)で決勝進出をかけた米国との2戦目。満を持して上野投手を起用したが、日本は身長190センチの速球派アボット投手に抑えられ、敗れた。 午後の豪州戦でも上野投手を先発させ、延長の末4−3で勝ち残った斎藤監督は翌日の決勝に向け米国の手の内を読んだ。先発はオスターマン投手に違いない。 日本は以前からオスターマン投手の変化球に苦しんできたが、対策は取っていた。決め球は浮き上がるライズボールか15センチ以上落ちるというドロップ。狙いをしぼってオスターマン投手から2点を奪い3−1で米国を下した。 「決勝以外は化かし合い。米国に勝つにはこれしかない」 長い時間をかけて布石を打ち、最後は上野3連投。過去の相性やエースに配慮した米国の男性監督は、斎藤監督の執念に屈した。 かつては日本も、女性選手を指揮するのはほとんど男性監督だった。カリスマ性や実績、人生経験が憧(あこが)れや疑似恋愛のように女性競技者を駆り立て、「この人のために」といった半ば自己犠牲の精神にも支えられて特訓に耐えた。 ◆組織を動かす能力 今は違う。例えば上野投手にとってソフトボールは自身の才能を確認し、アピールする手段だった。 『サムライリート上野由岐子』の著者、松瀬学さんは「上野投手は小学校時代に近所をランニングするにも毎日記録をつけ、前日までの記録と比較するなど、向上心の塊だったようです」と話す。そこには指導者への憧れや疑似恋愛はない。他者に依存することなく、強い意志を持ち続けた。 将棋のように緻密(ちみつ)な戦略を駆使した斎藤監督は「いまの指導者に大事なのは選手の強さ、能力を引き出してあげること。持ち場、持ち場で責任を持たせ個人の欲求、欲望はコントロールしてもらう。会社組織と同じです」と語る。 将棋の駒扱いするのではなく、チーム全員と話し合い、悩みも目標も共有した。上野投手の活躍で影が薄くなった坂井投手への配慮も忘れなかった。斎藤監督の「チームをハンドリングする能力」により、上野投手をはじめとする選手の個の力が最大限、引き出された。それこそが日本ソフトボールチームの勝因だったと松瀬さんは分析している。 (肥谷令子.産経)
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