【すごいぞ日本】ファイルXIII 「私」パワー(4)
【すごいぞ日本】ファイルXIII 「私」パワー(4)


 ■英国の心つかむティールーム

 美しい田園風景が広がるイングランド南西部コッツウォルズ地方は、英国の伝統に対する思い入れがとりわけ強い。その田園の小さな街ウインチカムに宮脇樹里さん(33)と両親の巌さん(64)、順子さん(62)がティールーム「ジュリス」を開いた2003年12月、地元の新聞は「東洋からきた家族がティールームの伝統を引き継いだ」と報じている。

 海外勤務が長かった巌さん夫婦は早期退職後、コッツウォルズに家を持つのが夢だった。フランスの名門料理学校ル・コルドン・ブルーを卒業した樹里さんは菓子作りの腕を試したかった。家族は夢をかなえるために古いティールームを買い取り、「ジュリス(樹里の店)」と名付けた。

 だが、伝統は新聞の見出しほど親切ではない。街のパブでは「スシを握る国の人間がティールームなどできるものか」と辛辣(しんらつ)な会話が交わされていた。

 ◆地元客からの苦情

 開店初日、地元客は樹里さんが用意したフランス菓子には見向きもせず、英国の伝統菓子を注文した。一組の客から「注文した品が一緒に来ない」と文句が出ると、ほかの客も「こんなものにカネは払えない。まけろ」と言い出す。翌日も翌々日も容赦ない言葉が投げつけられた。

 英国では席にそろってみんなで食事を楽しむ。樹里さんはその習慣に対するこだわりの強さを知らなかった。「菓子作りには自信があるのに、どうして?」と考え込み、仕込みを終えるころには窓が白んでいく。午前10時には店を開くので、睡眠1時間の日もあった。休日は図書館に行き、古書にも目を通した。

 「ディプロマット(外交官)」と呼ばれるフランス菓子の作り方は、外見が異なる英国の伝統菓子「ブレッド・アンド・バター・プディング」に似ている。そのことに気づき、「フランス菓子と思いこんでいたものが実は英国に原点があった。この発見が希望になった」と樹里さんはいう。

 英国では紅茶を飲みながら伝統菓子の濃厚な味わいを楽しむ。菓子に限らず、ジャガイモをふかしたジャックドポテトや田舎風スープなど地元客は毎回同じ好みの品を注文する。「技術ばかり見せようとして英国の心を伝えていなかった」と樹里さんは悟った。

   ◆人生最高のスコーン

 一家は翌日から、地元で取れた食材にこだわり、地元の陶器でもてなした。次第に常連客が増え、近所の老婦人は「これまでの人生で最高のスコーンよ!」と褒めてくれた。

 ジュリスは昨年、英紅茶文化の振興に努めるUKティーカウンセル社の「トップ・ティー・プレース」に選ばれた。隠密審査員が紅茶や菓子の味、雰囲気、もてなしなど15項目を調べ、毎年最も優れたティールームに贈る最高賞だ。同社のゴーマン社長夫妻は「ジュリが暮らし、ティールームを営んでいる。それだけで美しい物語だ」と樹里さんを励まし、地元紙も「日本人家族が紅茶に芸術を持ち込んだ」と評価した。

 家族と異国の伝統文化の中で、樹里さんがいま共感を覚えるのは、140年以上前の英国で「家政読本」を出版した元祖カリスマ主婦、ビートン夫人の「生活を豊かに」という姿勢だという。(木村正人・産経)