【日本を探す】サザエさん(2)安定生んだ“設定の妙”
【日本を探す】サザエさん(2)安定生んだ“設定の妙”


 昭和二十一年四月二十二日、福岡県の地方紙夕刊フクニチで「サザエさん」の連載が始まった。参政権を得た女性が初めて投票した総選挙が行われた直後のことだ。長谷川町子さん、ときに二十六歳。

 サザエさんのデビューはなかなか鮮烈だった。読者にあいさつをしようと、フネは両脇にカツオとワカメを正座させ、サザエさんを呼び出す。登場したサザエさんは焼きイモをほお張ったまま。「これッ! なんです そのなりは!」とフネにたしなめられ、サザエさんはほおを赤らめ頭を抱えて逃げ出す。

 漫画評論でも一家をなす自称「封建主義者」の呉智英さん(59)に電話でたずねると、ここに「新しい女性像」の誕生を強烈に感じたという。

 「腰に手をあて、立ったまま焼きイモを食べる女性なんて、それまで描かれたことはなかったんじゃないか。この作品が国民の多くに愛されるのは、サザエさんの明るくほほえましい個性もあるけれど、それだけじゃない。サザエさんを囲む人物たちの個性が、全体のバランスをとっている点も見落とせない。設定の妙だね」

 長谷川さんが「サザエさん」で、戦後の新しい女性像を描こうとしたのは間違いない。男女同権討論大会の壇上に立ち、「男性よ女性をかいほうすべし」と熱弁をふるうサザエさんの姿すら描いている。しかし、明治三十年前後に生まれた(と考えられる)両親に、サザエさんの“暴走”をきちんとたしなめさせるのである。それは初回の漫画に端的に示されている。呉さんのいう「設定の妙」とはこのことだ。

 戦後民主主義的価値観と明治の価値観が、軽い衝突を起こしながらも調和しながら共存する−それが「サザエさん」の世界といえるだろう。長谷川さんは、連載終了までこのバランスを崩すことがなかった。

                 ◆◇◆

 別の日、家族問題をライフワークの一つとする参議院議員、山谷えり子さん(55)を内閣府の政務官室にたずねた。

 テーブルの上には、国会図書館から借り出した「サザエさん」の単行本がごっそり。本の小口からのぞくおびただしい付箋(ふせん)が取材に臨む気合を感じさせる。

 「いいですね『サザエさん』って。登場する人々誰もが、自分に与えられたものを十分だと受け止め、それに満足している。《ほど》を知っていると言い換えてもいいかもしれません」

 「サザエさん」を語るとき、人は決まって笑顔になる。普段から笑顔の多い山谷さんの顔がさらにほころんだ。

 「大学生の息子の感想なんですが、いまの社会の基数は1なのに、『サザエさん』の世界の基数は2ではないか、と。なるほどと思いました。安定感があるんですよね」

 現代社会の病理の根は、人間の原子化にあるといわれる。山谷さんの言葉でいえば「基数1」。地域共同体は崩壊し、家庭さえも個(原子)がばらばらに存在する場に成り果てようとしている。夫婦の関係を表現する「比翼の鳥」「連理の枝」という言葉はほとんど死語。「子はかすがい」も死期が迫りつつある。

 山谷さんは続ける。

 「磯野家にはまとまりがありますが、家族が密着するのではなく、ほどよい距離感を保ちながら結びついています。だから風通しがいい。これって、とても大切なことだと思います」(桑原聡・産経新聞)