“補正の悪循環”が懸念される
“補正の悪循環”が懸念される


 ≪“管理”なき総需要政策≫

 経済の著しい悪化のなか、政府は財政規模15・4兆円という過去最大規模の景気対策を発表した。これによって需要不足が補われ、経済が少しでもよくなることを国民は期待している。しかしながら今回の経済対策・補正予算は、日本経済の活性化にとって、大きな問題点を抱えている。1990年代の再来のような経済悪化と財政悪化の悪循環が懸念される状況になった。

 以下では、3つの問題があることを指摘する。

 今回対策の問題点の第1は、そもそもなぜ15兆円なのか、そのマクロ的な意味づけがわからないことだ。日本経済の現状は、昨年第4四半期にマイナス12%成長という落ち込みを見せ、今年第1四半期にはさらに成長率が低下することが懸念されている。

 こうしたなか、内閣府は需給ギャップ率が約20兆円であることを指摘し、経済財政諮問会議でも今後これが40兆円レベルに達する懸念が示されている。もちろん需給ギャップのすべてを政府が補うことは不可能である。であるからこそ、政府がマクロの経済状況と政府の役割、そこから出てくる当面の展望を明確に示す必要があった。これこそがまさに、「総需要管理」政策なのである。  しかし記者会見でこの点を聞かれたとき、麻生総理はマクロの数字は念頭になく、「積み上げ」でこの数字が出てきたという主旨の発言をした。要するに、総需要管理政策であるはずの財政政策について、「管理」が存在しないのである。マクロ的な視点が完全に欠落しているのだ。

 ≪「賢い財政支出」に向けて≫  第2の問題は、なぜいまこの時期なのか、という点だ。すでにリーマンショックから7カ月が経過している。麻生内閣になってから、これが4回目の予算になる。景気刺激のタイミングは決定的に遅れてしまった。

 本予算にではなく補正予算として計上されたことについては、さらに深刻な問題が伴う。例えば農水省の場合、今回の補正予算で約1兆円の金額が付けられているが、そもそも農水省の年間予算(非公共事業)は1・5兆円程度である。この1・5兆円の予算を獲得するために1年かけて政策論議をし、予算査定が行われるのだ。しかし今回の場合のように、補正予算ではわずか2週間で枠組みが決められる。

 これが補正予算の実態なのである。多額の金額を急に一定期間で使うのは、容易なことではないのだ。

 問題点の第3は、政策が官僚依存で企画されていることを反映して、極めて従来型で、メッセージ性を欠くものになっている点だ。

 そもそも財政拡大は、一時的な需要不足を政府が補うものである。その間に、本来の民間需要が戻ってくるような政策と抱き合わせでないかぎり、中期的には成功しない。90年代の日本が失敗したのは、不良債権処理や成長に向けた構造改革などに手をつけないまま、一時的な財政拡大ばかりを続けたからに他ならない。

 したがって、規制緩和や制度改革(つまり構造改革)を進め、財政支出の中に成長力を高めるような内容のものを十分取り込まなければならない。これこそが「賢い財政支出」である。しかし今回、政治のトップが十分な理念を示すことなく各役所に政策の「タマ」を出すことを求めたことから、補正予算の内容は見事なほど従来型政策の延長になった。

 ≪思い切った法人税減税を≫

 環境やITなど新産業の創出にもそれなりの予算が計上されているが、これが大きな効果を発揮するとも期待できないだろう。そもそも日本の新産業関連予算は、すでにGDP比でアメリカの2倍の規模を持っている。

 しかしこれが大きな成果を挙げていないのは、アメリカに比べて日本は圧倒的に行政府(官僚)が直接お金を使う仕組みになっていることだ。

 本来なら、役所が使い道を決めるより消費者や企業に自由に決めてもらうほうがいい。つまり同じ財政政策でも、支出拡大ではなく減税が考えられるべきだった。ちなみにオバマ政権の経済対策では、財政資金を公共事業、救済、減税に3等分して使うことが表明されている。

 本来なら、今回数兆円の金額を計上し、思い切った法人税引き下げを行って日本の税率を世界標準に近づける努力をすべきだった。また、羽田を国際ハブ空港にするために数千億円レベルの予算を計上すべきではなかったか。これこそが、賢い財政支出である。今後、経済効果が乏しいなかで、さらなる財政拡大への声が上がってくるだろう。

 おそらく総選挙の結果どのような政権ができようとも、秋にはさらなる補正予算を編成することになるのではないか。これこそ、90年代に経験した経済悪化と財政悪化の悪循環である。これを断ち切れなければ、日本経済は再び失われた10年に向かうことになる。(【正論】慶応大学教授・竹中平蔵・産経)