世襲化と市民層
世襲化と市民層


 国会議員の世襲化の是非が、次の総選挙の大きな論点として浮上してきた。世襲化を批判する動きは、もはや素直に中流意識を実感できない人びとが雇用や老後の不安と関連して生まれている。

 その批判を職業選択の自由、嫉妬(しっと)心といった次元で斥(しりぞ)けるのは政治の貧困である。高度成長の結果、1970年代に生まれた新中間大衆の中流意識の解体現象のなかで政治家の世襲批判が生まれた意味を慎重に考えるべきだろう。

 経済学者の故村上泰亮(やすすけ)が分析したように、新中間大衆の大きな塊は日本社会の繁栄と成長を支えた原動力である。それはホワイトカラーからブルーカラー、自営業者から農民までが渾然(こんぜん)と入り交じって中流意識をもつ日本独特の存在であった。60年代後半から日本社会の人びとの90%が中意識をもち、60%の人びとが「中の中」意識をもっていた。

 そこに見られたのは、富裕市民と貧困市民の差を極端化せず、弱肉強食を是としない日本の知恵でもあったが、21世紀の小泉改革はこの特性を消してしまった。

 現代人の不安は、高度成長以後に新中間大衆の出現で階層の構造が希薄となったかに見えた産業社会に、新たに正規雇用と非正規雇用、派遣社員と契約社員の相違といった「違いの文化」が生み出された点に求められよう。

 しかし、こうした産業社会の“新たな病理”を企業や経営の責任だけに帰してはなるまい。階層化や構造化とは個人の努力や才覚による上昇や、敗者復活による階層間の移動を妨げることを意味する。この点で若い世代の将来展望を弱め、豊かさへの希望を損なった一要因は、ますます顕著になる職業の固定化や世襲化なのだ。

 かつて世襲化といえば、歌舞伎などの古典芸能や華道・茶道の礼法世界に限られていたが、いまいちばん目立つ世襲化現象は政治家の世界に見られる。小選挙区で子どもを後継者に指名すれば、同じ政党の若い新人に競争参入の機会が平等に与えられるはずもない。

 政治は次世代の未来に夢を与える仕事でもある。未知のエネルギーをもつ若者の人材力活用は、オバマ大統領の出現に象徴されるように、活力ある政治の世界でこそ期待されるものだ。

 しかし、政治団体の継承で子どもが無税で政治資金を“相続”できる世襲の構図は所得格差(資産)の世代間累積に加えて、有為の人材を競争の共通スタートラインから排除する縮図にもなっている。意欲と能力によって政治に挑戦する公平さが保たれなければ、若者が政治に魅力を感じなくなるのは当然であろう。政治家の世界にも格差の影が色濃いのだ。

 日本社会の活力を蘇生(そせい)するには、職業の固定化や世襲化でなく、どの世界でも各層から満遍なく優秀な人材をつくる基盤づくりが必要になる。そうした期待をもたせる公正な安心社会を実現する第一歩として、政治家は既得権益やギルド意識の一部を捨てる勇気をもたねばならない。

 自民党は、親子など政治家の親族による同一選挙区の世襲を禁止すべきではないか。若い世代に負担や我慢を強いながら、自分の子弟だけは無競争の世界で華麗に人生をスタートさせる姿勢は、民主党だけでなく無党派層からも厳しい批判を受けるに違いない。  (東京大学教授・山内昌之・産経)