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■小沢への距離感 西松建設の違法献金事件で民主党代表、小沢一郎の公設第1秘書が起訴される前日の3月23日。最大の支援組織、日本労働組合総連合会(連合)会長の高木剛が党本部を訪れ、事件の影響がどれだけ大きくなるかを、小沢に占ってみせた。 「これから党内や世論(の情勢)は厳しくなる」 だが、小沢は自らの潔白を主張して「検察の捜査は不当だ」と持論を繰り返すことに時間を割いた。2人のやりとりは微妙にかみ合わなかった。 起訴翌日の3月25日、民主党は緊急役員会などで小沢の代表続投を了承したが、連合側では傘下組合員向けの内部文書作成に当たり、齟齬(そご)が生じていた。 小沢続投について、当初の文案では「その決定を尊重する」となっていたのが「決定を受け止める」に修正されたのだ。 一見ささいな文書修正から、連合の小沢に対する間合いの取り方が読み取れる。民主党支持は不変でも、小沢の進退問題に対しては距離を置く−。連合幹部の一人は「『尊重する』なんてとても書けなかった」と証言する。 「あらゆる障害を乗り越えて(政権交代の)使命を達成することを約束する」 4月29日、東京・代々木公園で開かれた連合主催のメーデー中央大会で、小沢は、約3万6000人(主催者発表)の組合員を前にこう訴えた。だが、小沢も高木も違法献金事件に触れようとしなかった。 別の連合幹部は「事件に触れれば、小沢の進退問題で意見が割れている組織に動揺を与える心配があった」と打ち明ける。小沢のメーデー招待を検討した内部の協議では「来ない方がいいのではないか」という意見すら出ていたという。 ■脆弱な党組織 話は昨年4月17日にさかのぼる。北海道釧路市で行われた連合北海道の「釧根(せんこん)地域協議会」の会合で、小沢は上機嫌で組合員の求めに応じ、サインペンで自分の名前をしたためた。間近で見ていた党関係者は「今まで小沢がサインをすることはなかった」と、小沢のサービスぶりに驚きを隠さなかった。 関係者によると、小沢が支持のすそ野を広げるため、地域協議会など連合の地方会合に顔を出し始めたのはこの前後から。それまで民主党代表の出席はなかったといい、小沢の連合重視姿勢がうかがえる。 民主党には、連合の組織を利用した選挙戦略をとらざるを得ない事情がある。自民党に比べ党の地方組織がはるかに脆弱(ぜいじゃく)で、連合のほかに有力支援組織がないためだ。ベテラン秘書は「連合の世話にならないとポスター張りさえできない」と自嘲(じちょう)気味に語る。 民主党が参院第1党に躍進した19年7月の参院選で連合が擁立した組織内候補7人(比例代表)の得票数は計182万票に上り、全員が当選した。組織率が低下傾向にあるにもかかわらず、16年選挙と比べ10万票も上積みしている。 特に、全日本自治団体労働組合(自治労)は、傘下の社会保険庁労組が年金問題での対応をめぐり批判を集めたことに危機感を募らせ、底力を見せつけた。このとき、民主党の相原久美子に50万票余をたたき出してトップ当選させたが、この数字は、その3年前の参院選で組織内候補、高嶋良充が得票した17万票の3倍近くに達したのだ。 ■揺るがぬ大票田 「自民党から『労組依存体質による抵抗勢力』とのレッテル張りを許す隙(すき)を与えた」 副代表の前原誠司は、代表に就いた直後の平成17年11月、郵政選挙で民主党が惨敗した原因を総括した。その上で、自治労、日教組など官公労をはじめとする脱労組路線を明確にし、連合とは「是々非々」の関係を築く方針を打ち出した。 ある党幹部は「旧社会党では、組合が政策決定に介入してきた。そういう関係を断ち切らないと、国民政党として党を成長させられないと思ったのだろう」と前原の真意を説明する。 民主党はかつて社民党政審会長代理の辻元清美らから、「旧社会党より労組依存体質だ」と指摘された経緯もある。 40年以上前の昭和39年、当時の社会党書記長、成田知巳(ともみ)は党勢伸び悩みの理由として(1)日常活動の不足(2)(党としてのまとまりを欠く)議員党的体質(3)労組依存−からなる「成田3原則」を提唱した。小沢の手法は皮肉にも、成田が指摘した隘路(あいろ)に自ら分け入ろうとしているようだ。 民主党が連合への依存度を高めることは、党の足腰を弱体化させ、自主性を失っていく危険性と背中合わせだ。自治労幹部に「ベストの代表」と評される小沢だが、その小沢抜きでも、民主党の大票田である連合の存在感は揺るがない。 政権交代実現後の民主党との関係について、ある連合幹部は「つかず離れずの成熟した関係になりたい」と語るが、その日は来るのだろうか。(敬称略)産経
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