「政治の品格」取り戻すには
「政治の品格」取り戻すには


 数年前に「国家の品格」や「女性の品格」という書物がベストセラーになって以来、「…の品格」ブームはまだ続いている。逆にいえば、いかにも「品格」を求めたくもなるような社会になってしまったということであろう。「品格」に便乗していえば、難しいのは「政治の品格」である。「政治家の品格」ではない。政治家の品格をうんぬんする資格は私にはない。だが、「政治」という現象からいかにも品格が失われてしまいつつある、という印象は誰もがぬぐえないのではなかろうか。

 というのも、次のような言説がこの20年ほど日本社会を支配してきたからである。日本の政治をつまらなくしている最大の理由は自民党長期政権による派閥政治であり、政官の癒着である。つまり政治が民意から乖離(かいり)した。民意をすくい上げる透明な民主政治が成立していない。政治の「品格」を取り戻すには、二大政党による政策選択を可能とするほかない、というのだ。

 その二大政党政治が一応は整いつつある。先日、民主党の代表に鳩山由紀夫氏が就任し、きたるべき総選挙は、麻生自民党と鳩山民主党の対決ということになった。平成5年に小沢一郎氏が政治改革を唱えて自民党を割って出て以来、十数年かかり、ようやく反自民勢力は政権を争う政党を生みだした、といえるのかもしれない。

 しかし、残念ながら、現状を見る限り、民主党が十分な力量をもった大政党とは思えない。それでも、とにかくも一度は政権交代があった方がよい、というそれだけの理由で民主党を支持するものは多く、にわかづくりの二大政党政治が目前で展開されている。

 政権交代はあった方がよいだろう、と私などもひとまずは思ってみるが、はたしてその理由はと問い詰めると、別に根拠はない。そもそもが、二大政党政治とは何なのだろうか。

 二大政党政治というモデルは、「民主主義」の先進国であるイギリスやアメリカから輸入されたものだが、しかし、忘れられているのは、それらの国では二大政党が生み出される歴史的必然性が存在した、ということだ。イギリスにおける二大政党は、貴族・ブルジョワ階級と平民・労働者階級からなる階級社会イギリスの特徴をそのまま反映するものであり、ふたつの政党は基本的にそれぞれの階級利益を代表した。

 アメリカの二大政党は、アメリカという国家理念のふたつの類型、すなわち、一方における、アメリカ建国の理念を自立した自由な個人とキリスト教信仰や道徳心に求める考え方と、もう一方で、アメリカを多様な民族や文化からなる巨大なコミュニティーと考える考え方の対立に基づいている。これはあくまで白人プロテスタントを軸に形成されつつも、移民国家としての多様性を抱えこんだアメリカの歴史的事情が生み出した対立である。

 幸か不幸か、これらの歴史的条件が日本には存在しないのである。日本でまだしも二大政党が可能であったのは、むしろ、保守と革新というイデオロギー的対立が存在した冷戦体制の時期であった。この種の明確な対立がなくなってしまったのが「冷戦以降」なのである。ところが、まさにその時期に、無理やり二大政党が作り出されてしまった。

                  ◇

 「無理やり」作り出したために、対立は、大きな理念や信条をめぐるものではなく、どちらがより政治を「変革」できるか、という一点に収斂(しゅうれん)してしまった。民主党がくりかえし述べてきたのは、「自民党では本当の改革はできない」ということであった。「変革」や「改革」の意味は、どちらがいっそう民意を反映するかというものである。これでは政策選択にも二大政党政治にもならない。兄弟政党政治である。兄弟が親(国民)に向かって、それぞれ相手の悪口を言い合っているようなものである。

 その結果、どうなったか。政治は人気と支持率によって動くほかなくなってしまった。世論といえば体裁はよいが、その中心を占拠しているのは、マスメディアに媒介されて拡散する人気(ポピュラリティ)やイメージという相当に「品格」に欠けるものとなった。この無責任で情緒にあおられた人気主義に動かされる民主政治が品格のない政治へと陥るのは当然のことである。「政治の変革」が結果として「政治の品格」を失わせてしまった。

 この大衆政治に「品格」を取り戻すのは至難の業である。しかし見方によっては、方向は明瞭(めいりょう)ともいえる。日本の近代化の歴史は、実は常にふたつのモメントを含みもってきた、という基本に立ち返ればよい。近代以降の日本の政治は、西洋が生み出した「グローバル・スタンダード」への適応と、崩壊してゆく「日本的なもの」の保守という二つのモメントのせめぎ合いによって動かされてきた。この構造は今日も決して失われたわけではない。ただそのことを自覚し、「民意」を引きつけることは確かに至難の仕事というほかない。(京都大学教授・佐伯啓思・産経)