中国経済の「アキレス腱」
中国経済の「アキレス腱」


米中の経済分野での高官協議で胡錦濤国家主席(右)と会談するガイトナー米財務長官。中国経済の行く末に世界中が注目している=6月2日、北京の人民大会堂(共同)

 最近の中国国内市場では、数カ月連続、自動車販売台数が急増している。それをとらえて、中国経済はすでに回復して高度成長の軌道に戻ったのではないか、との観測が広がっているようだ。

 しかし、自動車市場の活況とは裏腹に、マクロ経済全体のパフォーマンスに目を転じると、状況はむしろ厳しさを増している。

 10日の中国国家統計局の発表によると、5月の中国の消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)はそれぞれ前年同期比で1・4%と7・2%の低下となったという。4カ月連続のマイナスである。

 経済の常識からこの2つの数字の持つ意味を解釈すれば、生産と消費の両方とも低迷していて、経済活動全体が縮小している、ということになる。特に生産者物価指数の場合、下落の幅が4月の6・6%から、さらに広がったから企業全体の在庫拡大や販売不振が進んだことがうかがえる。

 それを受け、中国人民大学経済発展研究センターの彭剛主任は10日、「状況がこのまま続けば、いずれデフレになってしまい、経済はさらに落ちるだろう」との警告を発した。  ちなみに、5月における全国の発電量は前年同期比で3・54%減となったから、企業の生産活動の低迷は明らかである。

 つまり、自動車がよく売れたからと言って、中国経済全体は回復軌道にあるとはとても言い難い。巨大国中国を観察の対象とする場合、全体を見ずにして個別の現象だけに目を奪われてはならない。  上述の彭剛氏の場合もそうであるが、最近、中国国内でむしろ、自国の経済問題をより全体的に、かつ冷静に見ている専門家たちの論調が目立っている。

 たとえば、5月30日付の『新京報』掲載の「労働力の安さこそ中国経済のアキレス腱(けん)だ」と題する論文はその一つである。

 書き手は中国社会科学院公共管理と政府政策研究所に勤める経済学博士の馬光遠氏。論文はまず、労働力の安さこそは中国製商品の「競争力の核心」であるとし、今まで、中国経済はそれを頼りにして国際市場への輸出拡大を図り、高度成長の「奇跡」を生み出した、と指摘する。

 しかしその一方、まさに労働力の安さが原因で国民の所得は伸び悩み、中国経済の慢性的な内需不足をもたらした、と言う。

 いったん外需が急減して、内需の拡大こそは成長維持の決め手となったとき、今までの「経済奇跡」を支えてきた「労働力の安さ」は逆に、内需拡大による景気回復のネックとなり、中国経済の「アキレス腱」となってしまうのである。そういう意味において、馬氏は中国経済の早期回復にはまったく懐疑的であり、将来の成長性にたいしても大きな懸念を表明している。

 以上は、中国の最高アカデミーに勤める経済学博士、馬氏の論文の概要だが、このような現状認識は冒頭の国家統計局発表によって完全に裏付けられたと言ってよい。さすがに国内専門家ならではの卓識である。

 私自身から一言を付け加えると、当の中国政府は労働力の安さが内需拡大の足かせとなっていることを分かっていても、当分の間、それを直すことができないだろうと思う。というのも、労働力の市場価格を高めるような政策をとってしまうと、中国経済のもう一つの命綱である対外輸出は、さらなる打撃をこうむりかねないからである。

 このような深刻なジレンマの中で、「保八(8%以上の成長)」を目指す中国政府の悩みはさぞ深いものであろう。

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                     【石平のChina Watch 産経

】                      せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『私は「毛主席の小戦士」だった』など著書多数。