多様性こそが究極の安全保障
多様性こそが究極の安全保障


 ≪定額給付金の交付に使用≫ 

定額給付金の給付も軌道に乗ってきたようだが、その裏で日本の行政システムに関する方針に微妙な変化が起こっていることはあまり知られていない。一部の自治体が、最近はやりの言葉でいう「クラウド・コンピューティング・サービス」による定額給付金管理を行っている。「クラウド・コンピューティング」は学術的にはあいまいな用語だが、従来自分の管理下のシステムでやってきた仕事の一部、またはすべてを、ネットの向こう側の共同利用システムに丸投げしてしまうというコンピューターの利用法を指す。システムの説明図ではインターネットを雲の形で表すので、その向こうでシステムが動いているというイメージで「クラウド」と呼ぶようだ。

 クラウドを使う利点はなんといっても導入が容易でコストが安いこと。何らかの業務システムを従来型で導入するには、システム開発だけでなく設置場所や要員や保守などさまざまなコストと時間がかかる。クラウドなら極端な話インターネットにつながるパソコンさえあればその日から導入可能。必要なのはサービス単位の利用料だけ。やめるのも簡単。

 では、万事いいことずくめかというとそうではない。クラウドは本来的に他人任せなので、信頼性についてはどうしても限界がある。相手にすべてのデータを預けてしまうので、その情報がのぞかれていないかはサービス提供側の約束を信じるしかない。さらに、こちら側からみると単体でも、雲は実は多くの企業の集合体。すべてに責任を取りきれる主体はどこにもいなかったりする。

 ≪企業の良心が頼みだが…≫  そういうクラウドが、最も「責任」や「信用」にうるさい行政の現場でも利用されるようになったことの意味は大きい。定額給付金管理に使われているサービスは、実際には日本の大手通信系企業と米国の企業向けクラウド・コンピューティング・サービス企業が手を組んで提供している。住民票とか銀行口座とか本人確認書類とかいろいろの情報がからむので、それがいつのまにかクラウドに任せられていると聞くと不安な人もいるだろう。住民基本台帳の時の大騒ぎはなんだったのかと思えてしまう。

 しかし、ここで言いたいのは「だからクラウドを使うな」ということではない。行政コストの削減は大きな目標であり、情報システムコストは今や行政コストの大きな部分を占めている。「定額給付金管理システム」などは典型的な一時のシステムなので、わざわざ開発したら時間もお金ももったいないのは確かだ。

 要は使い分けの問題。適切な利用の取捨選択ができていれば、クラウドを使うことに問題はない。業務の信頼性要件とコスト等を比較考量して使うか使わないか、使うならどこのサービスかを決めればいい。

 問題はその「適切な利用の取捨選択」をするための一般的な信頼性の判断基準がないということだ。盗み見のような不正行為は法律で罰則がある。しかし、信頼性の確保の手間についてどこまでやるかは、個々の企業の良心以外に何の担保もないのが現状だ。

 クラウド化することで、発注者からシステム内部情報は確実に見えなくなる。そういう情報の非対称性があるときに、大手の企業が受けた物件であっても目に見えない部分での手抜きの可能性があることは、最近の建築偽装で明らかだろう。

 ≪格付けと調達指針が重要≫

 今や情報システムは社会の安全に対して大きな責任を持つべき物になった。建造物に建築確認や消防署の検査があるように、ある程度の公共の介入が必要だろう。それだけのことをしても建築偽装が起こったといえ、それを偽装として摘発できたのは制度がまずあったからだ。

 とはいえ「こうでないと造ってはいけない」という建築確認申請のような方式は、進歩の激しい情報システムの分野には適さない。やるとしたら事後の格付け方式。お墨付きがほしいサービス提供側が申請して格付けしてもらい、政府や自治体が業務ごとに必要とされる信頼性の格付けを調達要件とする。その格付けを公表し、一般の利用者の判断にも使ってもらえるようにする。信頼性が高いが高価なサービスと、信頼性はイマイチでも安価なシステムの違いが透明化し、利用側がそれをもとに判断するようになれば、最終的には市場原理により適切な淘汰(とうた)がされるだろう。

 霞が関クラウドなど、政府が行政クラウドを作ってそれを各省庁や自治体が使うという構想もあるようだが、「それしか使えない」となると競争原理が働かず、クラウドのコストダウンやサービス向上にはマイナスだ。政府が運用するクラウドも、最高の信頼という一つの選択肢としてあった方がいいが、格付けと調達指針がルールとして決まりさえすれば、多様性こそが、究極の安全保障となるはずなのである。(産経【正論】東京大学教授・坂村健)