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≪イランの立場変える転換≫ 6月12日に投票されたイラン大統領選挙では、大がかりな投開票の不正を示す不自然な結果が発表され、イランの政治体制に動揺をもたらしている。 イランは米国の政治家やメディアによって、あたかも狂信的な神権政治体制による独裁・圧政として描かれがちだが、中東諸国の世論においては、イスラーム主義を支持する層からはイスラーム革命を先駆的に実現した政体として、西欧型民主主義を志向する人々からは、制限はあれども自由で活発な選挙を行う、アラブ諸国と比べれば概して先進的な体制として見られてきた。米国やイスラエルに対して過激な発言を繰り返す最高指導者や大統領についても、自分たちが言いたくても言えないことを言ってくれる、留飲を下げる存在として見られてきた。今回の選挙は、このようなイランの立場を変える転換点となりうる。 そもそも今回の選挙で誰が勝ったのかが議論の前提になるべきところだが、投票結果の真実は当分明らかになりそうにない。ムーサヴィー氏が投票直前の1週間で急激に支持を集めたことは確かだろう。しかしムーサヴィー氏が圧勝し、現職のアフマディネジャード大統領がそれを一方的に覆したと見ることもできない。現政権も、行政機構や革命防衛隊など国家の組織を最大限活用して大規模に動員を行い、組織的投票を行わせた。実際の投票結果は伯仲していただろう。 政権側としては、第1回投票での圧倒的な過半数の獲得による勝利、というシナリオを描いて、それに沿った形のなんらかの投・開票操作を事前に仕組んであったとみられる。事態が混乱したのは、第一には、政権側が動員や操作を「やり過ぎた」ことだろう。そして第二に、より重要なのは、政権批判の急激な盛り上がりが選挙直前に生じ、例のない高い投票率となったことだろう。 ≪政権側に投票動員や操作≫ 高い投票率をもたらしたのは、新たに投票権を得た若年層や、過去の選挙では投票に行かなかった層である。イランでは30歳以下が人口の6割を占める。1979年のイスラーム革命から30年、革命体制を解放ではなく桎梏(しっこく)と感じる層が年々増えていく。またアフマディネジャード政権による締め付けに嫌気がさした女性票もムーサヴィー氏に流れたと見られる。 実際に生じた空前の高投票率と、事前に行われていたと見られる大規模な投票操作が合わさって、現政権を支える護憲評議会が認めただけでも50の都市で、投票率が100%を超える、という異常な結果となってしまった。全国でも85%といった、現実的には生じにくい投票率になっており、不正の存在が濃厚に疑われる。 最高指導者のハメネイ師が、一方的に現職に肩入れする立場を取ったため、中立で公平な仲裁者としての正統性に傷が付き、イスラーム革命体制そのものへの信頼が揺らぐことになった。体制派の有力者の間にも亀裂や足並みの乱れが生じかけている。 イランの政治体制は宗教的統治と民主主義の独特の混合体である。それは「神意」と「民意」を調和させ、一致させると標榜(ひょうぼう)する制度である。「神意」は最高指導者ハメネイ師をはじめとする高位のシーア派聖職者の集団のみが、推し量る権利を持っている。他方で国民の意思は原則として選挙で計ることになる。候補者は最高指導者周辺の宗教指導者からなる護憲評議会が審査し、大部分をふるい落とすため、国民には狭い幅の選択肢しか与えられない。しかし「神意」を政治に反映させるという理念からは、倫理的にふさわしくない候補者を排除するための正当な制度として擁護されてきた。 この制度は、神が示した絶対的基準による倫理的な正しさと、異なる利害関係と希望・欲望を持つ人間の要求とを両立させたシステムであるというのが、体制を支持する側の主張である。しかし外側から見れば、神意と民意がずれた場合、どちらが優先されるかという問題がある。体制にとって不都合な候補者を事前に排除し、投票結果にも手を加えることで、「神意」と「民意」が一致している、と強弁してきたのが、これまでのイランの指導層であり、それに対して大規模に反抗しない程度には国民もその体制を認めてきた。今回の選挙で、明らかな不正の存在を自らの不可解な結果発表によって露呈させてしまったことで、イランの体制は内外に大きく威信を損なった。 護憲評議会は選挙結果を支持し、不正疑惑究明の要求を力で封じ込める構えである。イランの政治体制が即座に大きく変わるとは考えにくく、核問題や対イスラエル、対米国・英国の発言と行動が一時的に強硬になるかもしれないが、少なくとも言えるのは、イランとイランに支持された勢力は、これまでのような倫理的な優位性を主張することが難しくなった、ということだ。これは中東政治のバランスを変えることになる。 (【正論】東京大学准教授・池内恵・産経)
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