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最近始めた『私の好きな日本人』というシリーズの書き物のために、その内の一人、日露戦争における軍神広瀬武夫について調べていて、あの時代の日本人と日本という国家の関(かか)わりについて改めて感じなおさせられることが多かった。広瀬に限らず、彼の周辺の有名無名の人物たちにとって、国家なる存在は今日の我々にとってのそれとはかなり、いや歴然と異なるものであった気がする。 しかし今では広瀬武夫なる人物どころか、彼が壮烈な戦死を遂げた日露戦争そのものも多くの国民の記憶に遠く、その戦の中で壮烈な戦死を遂げ軍神と称(たた)えられたような男は、ある種の国民たちにとっては忌避すべき人物とも捉(とら)えられかねまいが、私たちにとってごく身近な曾祖父曾祖母たちが、当時何を考え何を感じていたかを知らぬ、いや、知れぬということの空(むな)しさ恐ろしさを改めて思わぬわけにはいかない。 広瀬に関して参考にした島田謹二氏や司馬遼太郎氏の労作や他の資料にも多く出てくるが、彼に関する挿話は胸打つものばかりで、感動的というよりもむしろうらやましくさえある。そしてそれらの事柄が表すものこそが当時の日本人たちの芯(しん)にあった共通項、すなわち誕生したばかりの国家に対する強い帰属意識と、それを踏まえての国民としての自負だった。 広瀬が立案者の一人として参加した、旅順の港に逃げこんだロシアの東洋艦隊の生き残りを封じ込むために、汽船を港口で自沈させ港を閉塞(へいそく)する決死作戦に応募者を募ったら70人たらずの要員に1000人をこす応募があった。そしてその選にもれた第2艦隊の旗艦のある機関員が艦長室にやってきて、自分の採用を改めて懇願した。艦長は相手をようやく諭して帰したが、その間同室にいてその対話を黙って聞いていた、日頃(ひごろ)無表情でとっつきの悪さで有名だった艦隊の参謀長加藤友三郎少将が、機関兵が去った後突然顔をおおい声をはなって号泣したという。「その泣き方のすさまじさは、尋常ではなかった」と、その場にいた艦長の伊地知大佐が後々も語っていたそうな。 広瀬武夫はその決死攻撃の中で飛来した大砲弾が直撃して、まさに玉砕した。その様は世界中に伝えられ、イギリスやドイツでは絵葉書にもなって海軍士官教育の範ともされた。そして、かつて広瀬が武官として過ごしたロシアの首都ペテルスブルグにも悲報は伝わり、彼を熱愛し結婚も夢みていた、ロシア海軍の若い高級将校たちの憧(あこが)れの的だった、海軍水路部長子爵コヴァレフスキー少将の美貌(びぼう)の令嬢アリアズナはそれを聞いて気を失って倒れ、以後彼のための喪章をつけて通したという。 彼女が広瀬の内に感じ見てとったものは、一体何だったのだろうか。 それは自らの属する国、祖国をひたむき一身に背負った一人の青年の素朴な気負いの熱さであり、美しさであったろう。 人間は誰しも他者との関わり無くして生きられはしない。民族とか国籍といったことがらはその原理の演繹(えんえき)の先にある。それらへの帰属をいくら拒否しようとしても、我々は折節に、社会的存在としての人間にからむその公理から免れ得ない。それは先天的とはいわぬが、アプリオリに近い互いの同一性の拘束ともいえるだろう。昔ウエールズが書いたようなエイリアンとの宇宙戦争でも起こらぬ限り、この地球の上での国家とか民族のもたらす相違性による摩擦は絶たれまいし、それがもたらすくびきからどう逃れられもしまい。 しかしその、それぞれが帰属する国家の在りようによっては、それぞれの抱く国家という総体への帰属感は濃淡異なろう。司馬遼太郎氏は日露戦争を描いた労作『坂の上の雲』の中で、当時の超大国ロシアが極東の小国日本に敗れたのは、皇帝が支配するその絶対専制君主主義の政治体制にあったとしている。司馬氏の指摘は当時のアメリカ大統領シオドア・ローズベルトの指摘をなぞらえたものだが、その分析の通り、あの戦戦で多くのロシア兵は前線で彼らを統治指揮する、皇帝の代理者たる貴族階級に属する将校たちに反発しながらの、厭戦(えんせん)気分のままに戦わざるをえなかった。比べて日本兵は初めて味わう国家と確固とした個人主体たる自分との関わりのもたらす使命感によって、生死を懸けた人生の問題として戦に向かい合った。 それ故にも過酷な税金にも耐え、節約貧乏にも甘んじ、大海軍を整えバルチック艦隊を殲滅(せんめつ)することできわどい戦にかろうじて勝ち、北海道や対馬、九州を割譲し、ロシアの実質支配に屈することもなく独立を維持することができたのだった。 そしてこの現代、我々はいかなる質の帰属感を国家に対して持ち合わせていることだろうか。確かに白熱の国際試合での観戦ではニッポン、ニッポンと叫び興奮もするが、国家と個人の関わりの態様の大方は、国家に対する種々要望要求の域を出ない。国民皆保険、低負担による高福祉、その結果世界有数の高齢社会、消費社会は実現した。しかしなお、誰しもが国家に対してはさまざまな不満不安を抱き、満足することはない。この情報が氾濫(はんらん)した時代にも、多くの国民は世界が見届けられず、センチメントにすぎぬいたずらな理念の元で相対感覚を失い、何の危機感も持ち合わせずにいるが−。産経新聞
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