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仏教学の碩学(せきがく)、ジャンノエル・ロベール氏(58)がフランスの学術団体の最高峰、フランス学士院の碑文・文芸アカデミー会員に選出された祝賀式典がパリ大学(通称ソルボンヌ)の大講堂で行われた。 ロベール氏は1997年当時、サンスクリット語からの翻訳しかなかった法華経を初めて日本や中国の東洋仏教圏の原典、鳩摩羅什(中央アジアの仏教学者、4〜5世紀)の漢文から仏語に訳したほか、「慈円の詠法華経百首」も近く出版される。慈円は仏教の基本理念を和歌を通して一般に分かりやすく広めた、鎌倉初期の高僧で歌人でもある。ロベール氏は、釈教歌に「諸行無常」など日本人の日常生活に入り込んでいる独特の仏教観を読み取り丁寧に解説している。 式典のあいさつで、「中国語が一見、容易にその豊穣(ほうじょう)さを惜しみなく与えてくれるようにみえたのに対し、日本語は侵入不能にみえた」と日本語の難解さを告白していたが、夫人は日本人で、何よりもご本人の研究熱心と日本語への愛情の深さから日本語は完璧(かんぺき)である。私などはロベール氏に取材するときは、「その漢字、どう書くんですか」などと、恐る恐る教わりながらメモを取るほどで、漢字も旧カナ使いなども自由自在だ。 仏学士院には、1635年に時の宰相リシュリューが仏語の保護と純化を目的に創設したアカデミー・フランセーズをはじめ、碑文・文芸、科学、倫理・政治学、芸術の5つのアカデミーがある。各アカデミーの会員の死去などに伴い欠員ができると、われこそはと思う者が立候補、その中から現会員が選出するので、部門によっては激しい選挙運動も展開されるとか。 先にアカデミー・フランセーズ会員に何度か立候補した末に選ばれた歴史作家マックス・ガロ氏も「イタリア系移民2世だから」、「作品が常にベストセラーになるのでやっかまれた」と嘆いていたことがある。 ロベール氏の場合、周囲に強く勧められての立候補で全会一致だったと、聞く。2年も前に選ばれていたのに、1月末にやっと式典を開いたのは、ロベール氏が「自分のために式典の会費を徴収するなどとんでもない」と固持してきたからだという。日本では死語と化した「奧ゆかしさ」の権化のような人である。 しかし、ロベール氏が辞退していると、次に選ばれた者が祝賀式典を開きにくいうえ、日仏の関係者たちが是非、発起人になりたいと多数、申し出たこともあって、式典が実現した。 会員は、見事な刺繍(ししゅう)をほぼ全体に施した制服と剣を身に付ける。学術分野で仕事をするフランス人には、この制服は名誉の象徴で、一度は着てみたいあこがれの服装なのだが、ロベール氏はまだ着ていない。かつてすべて手仕事だった刺繍は今やサンシール士官学校などの制服を請け負う業者が担当するようになって安くなったとはいえ、1着最低2万2000フラン(約350万円)もするからだ。 最近は自分用の制服を注文する会員は少なく、通常は先輩などから借用する。ロベール氏の恩師で日本学の権威、故ベルナール・フランク氏も会員に選出されたとき、同じ体型だった先輩会員から借りた。その制服は、氏の友人でやはり体型が同じギメ東洋美術館館長のジャリージェ氏が会員に選ばれたときにも借りたものだという。残念ながらロベール氏はこれらの先輩らと体型が異なるため、目下、制服探しの最中だ。 制服の着用も帯剣も義務ではないが、ロベール氏は式典で友人の医師から剣を贈られた。医師が40年前に骨董商から入手した日本の脇差しで、銘は日本鍛冶宗匠、伊賀守藤原金道、鐔の銘は越前の赤尾甚左衛門だ。「京の禅寺の庭を想起するような砂流(刀身にみえる砂地を掃いた筆目のようにみえる)がある」とは、この医師の評である。 1876年の廃刀令後、日本刀が多数、海外に流出した際の一刀らしい。医師は式典のあいさつで「(武器として無用になっても)芸術品としての生命は長い。仮の所有者のわれわれより生き延びるだろう」とその芸術性を強調、過去にも日本刀を贈られた会員がいたことを明らかにした。 今年は日仏修交通商条約150周年。フランク氏、ジャリージェ氏、そしてロベール氏と、仏最高峰の学術団体に日本関係の会員が選出される伝統が制服や日本刀の継承とともに今後も長く続いてほしいものだと、ロベール氏のちょっと戸惑いながらもうれしそうな顔をみながら思った。産経新聞【緯度経度】
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