保守、反動こそ革新
保守、反動こそ革新


三十年前、アメリカの社会学者・ヴォーゲルは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」即ち日本こそ世界一、だと褒めてくれた。

 占領下の日本は、不本意な法制と、経済制度を押し付けられた。それを逆手にとって、恭順、否、逆襲であったかもしれないが、唯一の敵であったアメリカを、同盟国へと仕立て、国力のすべてを、経済建設へと必死に登り詰めた。

 日本人は、純情にして一途な処がある。

改革、解放のみならず、アメリカを手本として日本の国民性までも、改良しようとする声さえあった。幸い日本の改革は順調に好結果を生んだ。

だが、それが短所に向けば、極めて危険である。かつては、その長所が全面に現れた。  しかし、最近の日本は、その純情という短所が日本国家及び国民に逆襲しつつある。日本人の持てる長所、即ち大和魂までも米国に見習い、忘れ去ってしまった。

新しいことは、未知の世界への進出であり、未開分野への探求であるはずだ。だが、それを何を勘違いしたのか日本人は、今迄の魂と努力の多くが古いものであり、改革の邪魔ものと誤解し、こともなげに忘れ去り、改革の障害として否定してしまった。

日本ほど、地下資源に恵まれない国は珍しい。それを補い、すべての貧しさを豊かさに変えることの出来たのは、日本人の不屈の魂であった。それが時を共に古いとみなした。  経済的先進国に追い付きつつあった、日本の「進路を支えて来たもの」、それは日本人の良き伝統であり、日本人の魂であった。その日本人の良さが、頂点に近づくに従って、忘れ去られ、「第二の敗戦」と綽名されていることに気付くべきだ。

 敗戦以来、血みどろの活躍を重ねてきた道程を省みるとき、日本人が「保守と呼ばれ、反動と卑しまれた」数々の日本人特有の長所が、実は極めて大切なことであった。  かつて我々は占領下に押し付けられた憲法を逆利用して、立派に立ち直った。それは間違いではない。しかし、それが為に、敢えて日本人の「良心、常識、そして責任感」、言わば、精神の部分を軽視し、忘れて来たことを、今一度「拾い直してみる」必要がある。 保守、反動のどこが悪いのか

 教育勅語を禁止したのは占領軍であった。しかしその示す内容を、どうして独立後も否定されたまま放置して来たのか。日々の暗いニュース。例えば、可愛いわが子を、自分の手で殺す親。大切で大恩あるわが親を殺す不孝の子が目立つ。原因は幾らもあろう。このような、畜生にも劣る日本人が増えたのは、教育勅語の精神までも否定したことに漸く気付きつつある。今迄は、それさえも言い出せない社会風潮であった。

軍事組織は防衛に不可欠で日本のみがなぜ非武装なのか。占領下の日本と、独立後の日本とでは、国家としての根本が変った。そして、外交と、防衛の必要は、国家の根幹であり相手国との関係に対応した体勢を備えることは当然である。

勿論、戦前の軍が主張した、統帥権を認めよと言うのではない。日本人の若者に愛国心の育成と、集団生活を経験させることが悪と言い切るのは、余りにも無責任である。 世界中で、国家を愛することが、あたかも右翼とか、反動と評する風評を作っているのは、日本特有の、歪められた政治思想である。とりわけ若者には団体生活による、「規律と協力心と愛国心」を育てることは、国家の責任である。

集団的自衛権を否定することの不合理を、なぜ放置したまま今日に至ったのか。日本と米国とが、軍事同盟まで結んでおきながら。軍事同盟は、集団的防衛そのものである。

他国から軍事的庇護を受ける国家は、属国そのものである。非武装の憲法下で、属国とし続けよと言わぬばかりの現体勢、即ち今日の憲法を守っている以上、同盟国として、対等の集団的防衛を否定せざるを得なくなっている。日本は、いつまで米国の属国に甘んずる体制を続けよと云うのか。それが革新とはよくも言ったものだ。

非核三原則を、日本はいつまで続けるのか、防衛は、自国の置かれた位置と立場によって対応しなければならない、核を持ち込ませずを堅持すれば、日米同盟は無用となる。 専守防衛を唱え続けるのは、防衛の必要を漸く認めながら、歪められた憲法の眼を盗む、卑しい発想ではないか。専門家の経験では、専ら防衛のみの体勢ならば、相手に、十倍の装備と兵力が必要である。政治家の軍事音痴を寂しく思う。

 二十一世紀は核の時代であり、核を持つことが、今日の状勢では独立自尊の先進国家と考える。その中で、日本のみが例外で良いと誰が保証出来るのか。政治の世界と宗教の世界とは、次元が異なる。相手に対応する備えを考えるのが国家の任務であり、それが平和を守ることではないか。国亡び人減せば、誰か仏法を崇むべき、まづ国家を祈って仏法を立つべしと、日蓮の(立正安国論)は説く。戦後の歴史の経過を承知しつつ、日本国家の現実に在るべき姿に眼を閉じているのは、無責任であり、卑怯でさえある。

武器輸出禁止を日本は永久に続けていくのか、相手国との関係、そして武器の種類については無条件ではなく、その対応と分別を明確にする必要は当然のことである。 日本が禁止しても、他国、特に共産主義と独善国家が、自由に製造、輸出を行なっており、禁止している日本のみが、ひとりよがりの国と嘲笑されたままではないか。

以上の諸項目は、日本の政治が避け続けたことが問題で、堂々とまず国会で議論せよ。 日本は既に、核武装の各国に取り巻かれている。

それ等の国々は、決して親日ではない。反日の政権が!)を研ぎ、日本を攻撃の標的らしく振舞っているではないか。ミサイルが日本に向かって無数に据えられている。 穏和な日本国家、そして国民といえども、いつ、如何なる事態をも想定しておくのが、政治家の安全保障と防衛の任務である。

自国の安全のみではない。相手国に、横暴と侵略の邪念を起さしめない為でもある。 新憲法創設がすべての原点

 数々の不具合の点をあげ論じてみれば、それ等を解決する為には、その行手に、占領下に押し付けられた憲法の壁に突き当たる。

 日本人は止むを得ず、その壁を乗り越えて、今日の繁栄を切り拓いて来た。 今日、直面しつつある第二の敗戦を乗り越える道は、否応なく憲法という壁を破棄し、普通の国の憲法、或いは、理想的日本独自の憲法を創設しなければならない。  今日までは、前述の如く保守と呼び反動と卑しめて来た数々の問題は、憲法という尺度を前提として来たからであった。

 今日までの日本は独立国家存立のため、止むを得ず時代遅れの憲法の条項を、くぐり抜ける為の、その場しのぎの対外行動、特に自衛隊についての行動でもあった。

 日本は世界でも有数の法治国家である。にもかかわらず、独立国家の体勢を維持するため、憲法各条文の抜け道を故意に考え、最大の非法治国家としての、汚名の傘を冠っている。それこそ、米国の属国としての汚名に甘んじる、占領下そのものの継続でもある。  不思議なことは、野党、とりわけ反米の思想集団が、米国の傘の下で生きている憲法を擁護、特に第九条の非武装を守る集団を形成している。

反米の容共集団が、米国の隷属下に在るべきだと、叫び続けるのは二律背反である。  その!)を深く考えてみれば、日本をいつまでも弱体化させ、日本本来の大和魂を骨抜きにして、共産主義を実現するため、まず日本を安易な欲望集団化せしめることをねらい、東アジア共同体と呼ぶ、中国に属する集団に組み込む魂胆である。それには大和魂が邪魔になるからであろう。

 日本と米国とは同盟を結んでいる、その間に鋭いクサビを打ち込む魂胆でもある。  今日の中国は、米国に逆らわず、良き競争相手と言っているが、やがては、軍事大国となり、米国をも支配するという野望は、中国共産主義政権の言葉の端々に読み取れる。 勿論米国は、中国共産主義の暴挙を許さない。その場合、日本は、「東アジア共同体の仲間」という、耳なれた言葉に吸い寄せられる心配が大きい。

日本の危機、即ち、米、中の争いの中間に立たされたとき、中国共産主義の側に立って、米国と、再び戦わせられはしないか。中国にはその計略が、透けて見える。 寛容を装う曖昧な政権

 その中国の作戦に乗せられて、既に野党代表が続々と北京詣でに忙しい。  更に福田首相まで、国会の会期中の暇を縫って、中国へ、ご機嫌取りに参上している。

 中国共産政権は、卑劣な「反日の舘」と呼ぶ、嘘の宣伝舞台を増設している。  中国側が、中・日友好三十五周年とのお託宣を述べれば、福田首相は、日本国政府の代表として、「反日の!)」を撤去しなさい。それが親善、友好の第一歩だと言うべきであった。「他人のいやがることは、しないほうがいいでしょ」と言うのが、福田首相の信条であったではないか。日本人の魂とも言うべき、靖国神社参拝をしない。それをしも敢えて信念の男として、福田首相に、一片の理を認めたとすれば、中国胡錦濤主席に対して「日本人のいやがる反日の、しかも嘘の舘はしないほうがよいでしょ」となぜ言わなかったのか。

 それとも、中国人のいやがる言葉だから言わなかった。或いは言えなかったのか?  福田首相の訪中は、日本人よりも、中国人の心の方が、より大切ですと、世界に宣言してみせる為に、国会会期中にわざわざ北京に行ったことになる。

日本人の一人として私は、良心的で平和的で、相手の立場に耳を傾け、他人を尊重される福田康夫氏の温かい思いやりを素直に認める。だが一国を代表し、国運を担う内閣総理大臣としては、余りにも不適格な今回の行動に、寂しさよりも、怒りの心を抑え切れない。

 その上、安倍前首相が決断した、新憲法創設の第一歩である国民投票法を、具体化する作業や、教育基本法改正案、反レジューム等の段取りが出来ていたのに、作業を手付かずに放置している。為政者にとって、政権は大切である。しかし、何が為の政権なのか。 国家の尊厳と国民の安全こそ、政権の眼目でなければならない。

 かつてドイツの文学者トーマス・マンは、ヒトラーの強圧政治に対して「寛容さを装ってはならない、ノーと云うべき時には、はっきりとノーといわねばならない」と説き、寛容であることが美徳のようになっているが、悪に対しては、決して曖昧な態度をとってはならない。そのうちに手遅れになってしまう、と言い切って、祖国のナチスを嫌って亡命した。その言を、そのまま福田首相に呈したい。

        塚本三郎; 

                愛知県名古屋市に生まれる 鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 終戦とともに労働組合運動に従事 運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士 (日本社会党所属)となる(以後当選10回) 昭和 35年 民社党結党に参加 昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 平成 元年 民社党常任顧問に就任 平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章