「ムシャラフ後」俎上 対パキスタン 戦略見直し迫られる米政権
「ムシャラフ後」俎上 対パキスタン 戦略見直し迫られる米政権


 【ワシントン=有元隆志=産経】パキスタン総選挙でムシャラフ大統領の与党が惨敗したことで、ブッシュ米政権は、大統領を「テロとの戦い」の盟友と位置付けてきた戦略の見直しを迫られている。同政権は今のところ、ムシャラフ支持を変えてはいないものの、米議会、専門家の間からは、大統領の権限縮小もやむなしとの見方や、「ムシャラフ後」に備えるべきだとの声も相次いでいる。

 ブッシュ政権はムシャラフ大統領が非常事態宣言を解除し、総選挙を実施したことを評価、「できることはすべて行った。ブッシュ大統領は引き続き支援する」(ペリーノ大統領報道官)との立場を明確にしている。

 米誌タイム最新号によると、米政府当局者らは第1党となったパキスタン人民党(PPP)と第2党のパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML−N)に、ムシャラフ大統領と協力するよう働きかけている。大統領が辞任に追い込まれた場合に、「力の空白」が生まれ、「テロとの戦い」に影響が出ることを懸念しているためだ。

 22日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、米政府とムシャラフ大統領との間でこの1月、テロ容疑者に対する無人機による攻撃を強めることで秘密合意に達したものの、総選挙を受けてパキスタン側で再検討されるのではないかとの懸念が米側に生じていると報じた。

 パキスタンは2001年9月11日の米中枢同時テロ(9・11)の前は、隣国アフガニスタンを支配していたイスラム原理主義武装勢力のタリバンとは友好関係にあった。だが、9・11後、ムシャラフ大統領は「テロとの戦い」で米国支援に踏み切り、ブッシュ大統領はムシャラフ氏を「大胆な決断をした指導者」と絶賛した。米国はこれを受け、パキスタンに100億ドル余を支援したほか、F16戦闘機売却も決定した。

 同国内でムシャラフ大統領への批判が強まってくると、米政府は大統領と、最大野党のPPPを率いるブット元首相との権力分担を仲介しようと模索したものの、その安定化シナリオも元首相の暗殺で頓挫してしまう。

 「米国はムシャラフ大統領を助けようとするたびに逆に大統領の立場を悪くしている」と米シンクタンク中東研究所のマービン・ウェインバーム常任研究員は指摘する。

 別の米シンクタンク、ヘリテージ財団のリサ・カーチス上級研究員は、「米政府当局者には、ムシャラフ大統領はパキスタンをひとつにまとめる存在と映っているかもしれないが、パキスタン国民は不安定要因とみている」と語り、このままでは対テロ戦へのパキスタンの支持がなくなる恐れがあると懸念している。

 総選挙直後にムシャラフ大統領と会談したバイデン上院外交委員長(民主党)は26日の記者会見で、「大統領が一定の敬意を払われたならば、独裁者としての役割から潔く変わることになるだろう」と述べ、大統領弾劾にこそ反対したものの、その権限縮小はやむを得ないとの考えを示した。

 ジョンズホプキンス大高等国際問題研究大学院(SAIS)のハサンアスカリ・リズビ客員教授は選挙後のシンポジウムで、「米国は、連立政権発足に伴い、ムシャラフ大統領に辞任を迫るべきだ。大統領が権力の座にとどまろうとすると、問題が拡大するばかりか、テロとの戦いにも影響が出る」と指摘した。カーチス氏も「米国はムシャラフ氏を過渡期の存在と位置付け、民主政権を相手にする用意をしなければならない」としている。

 ≪「呉越同舟」の野党連立 長期の関係構築に疑問符≫

 この18日に行われたパキスタン総選挙で、議席を大幅に伸ばした二大野党は連立政権を樹立することで合意した。だが、軍政、民政が入り乱れて展開されてきた同国の権力闘争の歴史を踏まえれば、長期にわたる協力関係が築けるかどうか疑問だとの見方も出ている。

 下院第一党となったパキスタン人民党(PPP)のザルダリ共同総裁は21日、「私たちは原則として行動をともにすることを決めた」と述べ、パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML−N)のシャリフ元首相と握手を交わした。

 現地民放局ジオ・テレビ(電子版)によると、27日現在、下院小選挙区(定数268)での獲得議席数はPPPが87、PML−Nが67でこれに続く。ムシャラフ大統領与党のパキスタン・イスラム教徒連盟カイデアザム派(PML−Q)は改選前の169から41に議席を大幅に減らしている。

 ザルダリ氏は昨年末に暗殺されたベナジル・ブット元首相の夫で、妻の首相在任中、政府発注事業の契約者に見返りを要求してきたとして、「ミスター10%」とのニックネームを贈られている。

 パキスタンの地元紙記者によると、シャリフ氏はかつて、ブット一族の汚職疑惑の訴追手続きを進めてザルダリ氏を身柄拘束に追い込んでおり、両者は旧敵という関係にある。

 一方、陸軍参謀長だったムシャラフ氏は1999年に無血クーデターを起こし、当時首相だったシャリフ氏を国外追放したほか、ザルダリ氏の身柄は2004年まで拘束し続け、その期間は8年に及んでいる。ザルダリ、シャリフ両氏からみれば、ムシャラフ氏は共通の旧敵といえる。

 PPPは、首相候補には比較的穏健なマフドゥーム・ファヒム副総裁を推す見通しだ。しかし、25日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル・アジア版によると、両党に近い関係者は、連立政権をどう機能させるか明確な見通しは立っていないことを認めている。

 日大大学院講師の小林俊二・元パキスタン大使は「PPPもPML−Nも冷戦後の20年間に2回ずつ政権を担当したが、いずれも庶民の生活向上に貢献することはなかった。大衆の利益を代表する政治勢力が存在せず、富の偏在が続いている限り、永続的な安定は望めない」と話している。(佐藤貴生)