【日本よ】石原慎太郎 無法の海
【日本よ】石原慎太郎 無法の海


 イージス艦「あたご」と漁船の衝突事故を眺めて、改めて、海という人間の広大な生活領域がいかに無整備か、誰がそれを活用する権利をどのように持ちそれがどのように保証されているかが、いかに曖昧(あいまい)なまま放置されているかを改めて考えさせられた。

 事故のあった水域についていえば、東京湾という日本でもっとも船舶の行き来の激しい閉鎖水域の目と鼻の先という辺りで、東京湾での航行という神経を使う作業からの解放感を感じる場所だが、実は太平洋のあちこちから首都圏に向かう船が集まってくる海だ。

 私が運輸大臣在任中、アメリカの駆逐艦タワーズが東京湾を出てすぐ、領海12海里を出ずに実弾演習を行い、帰投してきていた海上保安庁の船にみつかるという事件があった。保安庁の巡視船は前方に突然水柱が続いて上がるのをみて驚き確かめたら、着弾の近くに数隻の遊漁船がいたのでさらに驚いた。報告を受け外務省を通じて米軍当局に抗議しようとしたら外務省はなぜかこれを隠蔽(いんぺい)しようとしたので、私は小渕官房長官と図って直接アメリカに抗議し、結局駆逐艦の艦長は罷免された。

 こうした過去の出来事が証すように、あの水域はそうした事故の発生しやすいところだ。

 それにしても、いかなる所においても守られるべく決められている原則が海では往々破られる事態があまりに多い。すれ違う彼我の船の大きさの違いがルールを踏みにじるという事例は無数に近い。特に、私が手がけてきたヨットが外洋での試合の折々、大きな汽船との出会いで被る危険はあとを絶たない。外洋での航海上の原則の一つに、いかなる汽船も帆船を一方的に避けなくてはならないとあるのに、これが往々無視されてはばからない。

 相手はヨットをみればたかだか遊び船とも思おうが、こちらとてわずか何艇身を争う試合にぎりぎりの帆のトリムで走っているのであってそのコースを外したくはない。ということで、衝突寸前に歯噛(はが)みして道をゆずるということが何度もあった。

 そんな事例での典型は、以前ニューヨークの港外でドラゴンクラスの世界選手権が行われていた時、出港してきたソビエトの貨物船がレース水域に突っこんできてレース艇を蹴散(けち)らし、試合をずたずたにしてしまったことがある。その光景を取材中のヘリコプターが撮影した写真がヨットの雑誌に掲載され、世界中の顰蹙(ひんしゅく)をかったものだ。

 私自身もかつて三宅島を回るレースの帰りのレグの相模湾で、真昼間、ロシアのコンテナ船がこちらを無視して真向かいからやってき、こちらも際どい競り合いをしている最中なので帆を下ろして変えるわけにはいかず、おびえるクルーの前で艇長の私が船首で仁王立ちになって赤いタオルを振りつづけ、ようやく相手がわずかにコースを変え、真横すれすれですれちがったことがある。この広い広い海ながら、互いにいかなる権利をかざし合って使うかということは実はたいそう難しい。特にマリンレジャーが盛んになり産業化した現代、従来の海の専業家たちとの間で、それぞれの経済性をかまえて新しい軋轢(あつれき)が生じてきている。

 敗戦後占領軍は帝国海軍の復活を阻止するためにも日本の海岸線の海をすべて漁民に解放した。そしてそれが今では我々の身近にある海のレジャーのための活用をいちじるしく阻害している。たとえば伊豆水域のある有名なダイビングスポットは、従来素晴らしい漁場でもあったが、地元の漁業組合は一方で潜水組合を作って組合に属していない他の一切の船の潜水を禁止している。これはいかにもおかしな話で、ならば海はいったい誰のものかと問い直したい。この問題についてかつて国会の法務委員会で質(ただ)したことがあるが、当局の返答は曖昧なものでしかなかった。

 海水浴シーズンに事故が多発しているマリンレジャーの新しい道具、水上バイクの水域の使用制限も一向に守られてはいない。土台この国には、いまだにマリンスポーツに関する文化が育っていない。海を扱う仕事は軍事と漁業からさらに、漁業と同じ産業としてのマリンレジャーに拡大されてきてはいるが、それにたずさわる人間の資格は同等のはずだ。今回の衝突事故で石破防衛大臣は、国家防衛という崇高な業務にたずさわる者の自負が自惚(うぬぼ)れになっていたのではないかと懸念していたが、その指摘は正しいと思われる。こうしたいまわしい出来事を捉(とら)えて国は、海という、ますます効用の高まる人間の舞台の相互使用のための原則の徹底をめざしてもらいたいものだ。

 例えば、マリンスポーツにとって大きな障害である、日本中の海に張り巡らされている漁業用の大謀網に関しては、近くを航行する船のために夜間の視認のための灯火と、昼間のためのある高さの旗の設置義務が、とうの昔昭和30年代に水産庁長官から通達されているのに全く実行されていないし、私が担当大臣時代に保安庁に督励したが、何の指導も行われていない。

 そのため現況としては、海上の障害物が発見出来ずに網にひっかかり網を切ってなんとか脱出しても、それが漁師に見つかれば多大な賠償を払わされかねない。加害者と被害者が完全に倒錯するという実態だ。地球とともに海もまた物理的、時間的に狭小となってきた今、地上よりもはるかに遅れている海での交通を含めた使用原理を徹底させる必要がある。産経新聞