民主党発「永田町不況」か
民主党発「永田町不況」か


 ■日銀総裁人事紛糾で経済低迷なら  ≪無為無策を決め込む姿≫

 英エコノミスト誌(2月23日号)の「JAPAiN(日本の痛み、『JAPAN』と『pain』の合成)−世界第2位の経済国は落ち込んだままだ/その原因は政治にある」と題された記事は、度々、メディアで紹介され、反響を呼んでいる。これは、要するに、「日本の政治の質が劣悪だ」という趣旨の記事である。

 サブプライム・モーゲージ(信用度の低い借り手向け住宅ローン)の焦げ付きに端を発した国際経済の混乱を前に、「世界第2の経済大国」であるはずの日本は、無為無策を決め込んでいる。この記事からは、そうした落胆が伝わってくる。

 筆者は、「JAPAiN」記事の趣旨には概(おおむ)ね賛成する。それと同時に、塩野七生著『海の都の物語』の中の次の記述を思いだす。

 「資源に恵まれないヴェネツィアのような国家には、失政は許されない。それはただちに、彼らの存亡につながってくるからである」

 2000年以降、新興国と呼ばれているのは、中国、ロシア、インド、ブラジルであろうけれども、これらの国々には、もともと、広大な国土も資源もある。故に、これらの国々が一定の程度まで発展を遂げたとしても、何ら驚くに値しないであろう。しかし、日本は事情が異なる。「これだけ国土も狭く資源のない国が、まだ世界第2の経済大国といわれているのだから、本当は凄(すご)いことに違いない…」というのは、筆者の率直な感慨である。

 しかも、近年では、「経済大国・日本」を象徴するトヨタやソニーといった企業ブランドに加えて、料理やアニメーションの領域の「ジャパン・クール」が世界の注目を集めるようになっている。その点、日本は、確かに「凄い国」である。

 ≪スケールの小さな議論≫

 しかし、こうした立場の前提は、「時宜を得た統治」が適切に行われることである。現在、与野党を問わず日本の執政に与(くみ)する政治家には、前に触れた「失政は許されない」という切迫感は、どれだけ働いているであろうか。

 今期通常国会の焦点の一つは、揮発油税暫定税率の見直しであるけれども、民主党が唱える「ガソリン値下げ」云々という誠にスケールの小さい議論からは、そうした「切迫感」を感じ取ることは難しい。現下の景気失速懸念を前にして、それが有効な「処方箋(せん)」であるという説明は行われていない。

 加えて、「世界第2の経済大国」の金融政策を司(つかさど)る日本銀行の総裁・副総裁の人事が、実質上、「党争」の具にされているのは、誠に嘆かわしいことであるといえよう。民主党は、武藤敏郎副総裁の総裁昇格を軸とした政府案には、「財政・金融の分離」の観点から難色を示している。

 しかし、「財政・金融の分離」とは、平時の論理である。国際経済情勢が「暴風雨」の最中にある今、中央銀行総裁・副総裁を選ぶ基準は、「どのような出自・経歴の持ち主か」ではなく、「どのような手腕の持ち主か」ということ以外にはあり得ない。

 民主党は、現下の難局対応の手腕に疑問を感じるという理由で武藤副総裁の総裁昇格に反対するのであれば、その反対には理があるかもしれないけれども、「財政・金融の分離」という平時の論理に固執して反対するのであれば、それもまた、前に触れた「失政は許されない」という意識が民主党においては希薄であることを示す明白な証左となろう。

 ≪55年体制的な惰性か?≫

 無論、民主党が政府批判を専一とする「55年体制」思考の惰性の上で武藤副総裁昇格案に反対しているのであれば、それは、「国益」よりも「党益」を優先させた論外の沙汰(さた)と呼ぶ他はない。現在、民主党は、日本銀行総裁・副総裁の人事権を持たないにせよ、参議院第一党という立場に拠(よ)る「拒否権」を有している。民主党は、そうした権限に伴う責任をどこまで自覚しているのであろうか。

 もし、此度の日本銀行総裁・副総裁人事に絡む紛糾が経済低迷の歳月を再び到来させることになれば、筆者は、その経済低迷を「永田町不況」と呼ぶことにしよう。そして、筆者は、「民の竃(かまど)の賑(にぎ)わい」を消した「永田町不況」の責任を負うべき政治家、特に「党争」に平然と走った民主党政治家の顔ぶれを長きにわたって記憶に留めることにしよう。

 しかし、「永田町不況」こそは、「民の竃の賑わい」を実現するのを原初的な役割としているはずの政治家にとっては、最も避けるべきことではないのであろうか。  (産経新聞【正論】東洋学園大学准教授・櫻田淳)