【櫻井よしこ 福田首相に申す】膨張中国に物を言え
【櫻井よしこ 福田首相に申す】膨張中国に物を言え


 米国が圧倒的優位を保ってきたユーラシア情勢が大きく、しかし、着実に変わりつつある。中国が力をつけ、米国の介入を許さず、日本の沈黙をさらに深める事態が起きつつある。その中で福田康夫首相はひたすら日本の国益を意識して力強く、日本の主張を展開すべき立場にある。

 隣国中国は、実に言葉の正しい意味で、異形の国家である。しゃにむに軍事力拡大路線をとってきた中国共産党一党支配の下で、その異形さも脅威も一層深まっていく。

 この隣国と付き合いながら、その脅威をどう抑制していくかは、日本がいかに賢くつよくなっていくかと同義語だ。日本の対処の仕方が21世紀の日本の運命を決するのであり、米国はじめ全世界も同様の問題に直面する。

 1971年、台湾の中華民国に代わって国連に席を得て以来、中国は自国の領有する空間を陸に限定することなく、宇宙と海洋に向かって拡大してきた。それは戦略的境界という考えに由来する。国境線は固定化されているのではなく、軍事力、経済力、政治力、文化・文明力、国民の意思力など、国家の総合力によって変化するという考えだ。総合力が強まれば戦略的境界線は外に膨張し、弱まれば内に縮小する。そして中国共産党は国家総合力の基本は強大な軍事力だと考える。

 3月4日、中国の軍事予算が前年度比17・6%増になったと発表された。この数字は実際の軍事費の3分の1から5分の1にすぎない。確かなことは、国際社会の懸念を招く2けたの伸び率が少なくとも20年間も続いていることだ。

 軍拡の先にあるのは南進政策である。海洋権益と台湾の獲得が、当面の最大の課題で、中国はこれまでそのための布石を打ってきた。彼らの長期戦略は、日本をはじめ、近未来の敵との対立に備えて、パナマ運河の開通を急がせた米国のセオドア・ルーズベルトの長期的視点を想起させる。注目すべきは中国が南進を可能にするために、背後、つまり北方の守りを固めたことだ。

 2004年10月、ロシアのプーチン大統領と胡錦濤国家主席は、突然、中露国境問題は完全に解決したと発表した。05年8月にはロシアと大規模軍事演習を行った。06年には両国が主軸となって中央アジア4カ国を入れた上海協力機構首脳会議を開催し、「政治体制、価値観などの違いを口実とする他国からの内政干渉に反対する」との共同宣言を採択した。これは明らかに米国への牽制(けんせい)である。07年8月には機構加盟6カ国が参加する合同軍事演習を行った。米国が配備するミサイル防衛システムについて露外相は「中国とともに注意深く分析する」と発表した。中国は見事に、かつて核攻撃を仕掛けてくると真に恐れていたロシアの脅威、北方の脅威を取り除いたのだ。

 背後と足元を固めた中国の前に広がる南の海は、すでにかなりの程度、中国の色に染まっている。たとえば労働党のケビン・ラッド首相率いる豪州である。

 中国語と中国史が専門のラッド首相は、07年9月、豪州を訪れた胡主席の前で、「軽率」と評されたほど、自分と家族がいかに中国を愛しているかを、喜々として、中国語で語った。氏の長女の夫は中国人、長男は上海の復旦大学に学んだ。そろって親中派の首相一家は中国の文化・文明力に魅せられ、豪州という国を手土産に、中国陣営内に引き込まれたといえる。中国の国家総合力が物を言ったのだ。

 台湾の立法院選挙で、外省人の政党、国民党が圧勝したいま、中国にとって、台湾併合まであとひと息だ。残る課題は米国の介入を許さないことだ。米国にクリントン氏、あるいはオバマ氏の民主党政権が誕生すれば、中国の南進政策にとってはこのうえなく好都合である。

 共和党のマケイン政権誕生なら、台湾併合に政治的障害が発生する可能性がある。それにしても、軍事的に可能なら、中国は併合に踏み切ると考えたほうがよい。彼らが血眼になって進めてきた超大国にふさわしい軍事力の構築は、まさに米国に有無を言わせないためなのである。米国を抑止できれば、日本は沈黙すると、中国は見る。パックス・アメリカーナの時代を脱して、パックス・シニカの時代を構築しようと、全知全能を傾注しているのが、中国共産党政権である。

 そうした勢力図の変化で日本がどのような立場に立たされるかを想像し、長期的視点で日本の土台を強化していくのが福田首相に課せられた最大の課題である。

 だが、果たして首相にそのような問題意識はあるだろうか。毒入りギョーザ事件でシラを切り通すことを決定した中国政府を、「非常に前向きですね」と首相は評価した。日本国民の生命と健康を脅かすこの明々白々なる事件についてさえ、わが国首相は物を言えないのだ。その姿勢は異形の国、中国へのへつらいでしかない。そんな首相の下で、日本の土台が果てしなく崩れていきつつある。産経新聞