|
3月半ばから中国チベット自治区で起きている暴動の様子は、中国政府の報道統制、外国報道機関の現地取材制限によって、不透明な状態が続いています。 中国の温家宝首相は、3月18日、「ダライ・ラマ一派が北京五輪破壊を扇動した事件であり、ダライ・ラマ14世の言う『チベットでの文化的虐殺』などはでたらめ」と発表し、今日までこの態度は一貫しています。 ダライ・ラマ14世は、「扇動した事実はない。国際的な調査団を派遣すれば分かること。中国によるチベット弾圧・人権抑圧こそ問題」と語り、中国政府との直接対話を要求しています。 日本の外務省は、「チベットの問題は中国の内政問題であり干渉は避ける。人権問題などの視点からは、透明性を求めて行く。力での抑圧を避け、平和裡に沈静化することを臨む」との姿勢です。 欧米諸国は、中国政府による人権抑圧の問題を焦点にして、弾圧の自制と暴力停止を要求しています。 それぞれの立場から、それぞれの意見が出て、しかも取材が規制されているので内情がよく分からないのですが、過去の戦例や事実を少し分析すれば、はっきりしていることがいくつかあります。 1.中国政府の公式発表には嘘が多いこと。 2.19世紀末頃からロシア・イギリス・中国などの侵略干渉を受け、特に中国共産党は宗主と臣下の関係、植民地支配を強要してきたこと。 3.半世紀にわたり、デモ・暴動の抵抗運動と弾圧・虐待の制圧との戦いが続いていること。 4.今回のような大規模「一揆」が起きる背景には、経済的・社会的・人権的に民衆が相当に追い詰められた状態にあること。 5.一揆はやがて武力で鎮圧され、一時的・表面的には収まっても、その根は深く、機をみて暴動は再発すること。 6.チベット地区・青海省には核基地も配備されているとも見られており、中国が占領支配を放棄することは考えられないこと、などです。 7. 1については説明を要しないと思いますが、先般の毒入りギョウザ調査の中国政府の説明や、わが国周辺で度々起きている調査船の活動、潜水艦による領海侵犯、あるいは日中中間線付近での海洋資源の一方的開発などの釈明を見ても分かるように、政府の意図している方針に従って、事実は隠蔽・歪曲されるのが常態であり、明らかにおかしいと思われることでも「そのような事実はない」などと厚顔無恥な発表をして、後は取り合わないというのがその態度です。 今回も、ダライ・ラマ一派が扇動した暴動で、中国は被害者との立場を強調し、武装警察が市民の治安維持のため行動しているとの発表ですが、実際は暴動の拡散を阻止し、早期鎮圧を図るために、武装警察だけではなく軍を投入して、激しく制圧したことは、デモ地域周辺での軍の動き、あるいは武装警察の負傷者の状況などから明らかでしょう。なお、武装警察は国内の治安維持用の準軍隊であり、中国軍の兵力見積もりでも「人民軍230万人、人民武装警察150万人、予備役80万人、総計460万」を軍事組織として捉えています。 わが国は、中国の主張を尊重する態度をとっていますが、欧米各国は、中国政府の発表に関わりなく、相当の武力鎮圧があったものとの判断から、当初から自制と暴力停止を要求しています。 2と3については、世界の屋根といわれる高地帯ながら、19世紀末頃から隣接国である中国・ロシアはもとより、イギリス領インド、フランス領インドネシアからも、チベットを押さえることの重要性が認識され、しばしば侵略戦争が起きています。 大東亜戦争の末期には蒋介石軍に対する戦略的補給路として、チベットを通る「援蒋ルート」も検討されましたが、チベットの中立堅持で実現しませんでした。いずれにしても中国としては、西からの影響力の排除という観点で、チベットを臣下に入れることが国家安泰の基盤と考えていると思われます。 4と5については、長い間、抵抗と弾圧の繰り返しが続いていますが、武器を持たない民衆が、独裁国家の中で蜂起して「一揆」を起こすということは、民衆の困窮度は死活の問題にまで及んでいる場合が多く、決起の決意も中途半端ではないと思われます。 従って、デモ・暴動は、チベット族の居住する、青海・四川・甘粛省などへ拡大していると思われます。「既に治安は回復した」と中国政府が発表するほど簡単には収まっていない状況も予測されます。 しかし所詮は力のない一揆ですから、軍によって鎮圧され、首謀者は極刑に処せられ、外見上の治安は回復すると思われますが、半世紀にわたるチベット族の抑圧の歴史を正さない限り、火種は消えず再炎の可能性は長期にわたり消えないでしょう。 さらに同様な傾向のある新疆ウイグル自治州や、中国全土で毎日100件にも及ぶ不満農民のデモなどに波及して、国の根幹を揺さぶるような事態になる可能性もあります。 それが何時になるのかは分かりませんが、案外早く来ると考えている人もいるようです。そうなった時に、わが国はどのように対応するのでしょうか。 ご都合主義の中国政府の発表を鵜呑みにして、中国の国内問題だからと干渉せず、平和的解決を期待しているだけでは、将来に禍根を残すことになるのではないかと危惧します。 わが国にとって中国は隣国であり、戦略的互恵関係を結ぼうとの政府の意図もあるため、努めて摩擦を避け、主張を善意に解釈するような傾向がありますが、中国政府の報道をそのまま信じる訳には行きません。こと中国に関しては、常に、その奥に隠された事実をしっかりと見極めて判断することが必要です。 「本当にオリンピックが開けるような国なのか?」と、もう一度、問うてみる必要がありそうな気もします。 (20・3・28記) 松島悠佐(まつしま ゆうすけ); 元陸上自衛隊中部方面総監 防衛大学卒業後、自衛隊入隊陸上幕僚監部・防衛部長、第8師団長(熊本) 等の要職を経る。 平成7年阪神大震災時、中部方面総監として活躍。 同年中部方面総監で退官。著書に「阪神大震災・自衛隊かく戦えり」(時事通信社刊) がある。 現在、危機管理などの講演を精力的に行う。
|