留保利益の横取りを許すな
留保利益の横取りを許すな


 ≪絶対的でない株主権≫

 英国の投資ファンドが日本のJパワー(電源開発)の株式を購入し、経営の改善と役員の派遣を要求し、それが認められないとなると、外為法に抵触する比率まで持ち株の買い増しをすると宣言した。現在は経済産業省がその適否を審査中である。このような海外投資家の要求にいかに対応すべきかについて議論が分かれている。

 公益事業であるから外国人株主の株主権の制限は妥当だという見方と、株主権の制限は外国人投資家の日本からの離反を招くから避けるべきだという見方との対立だ。

 私は株主権を絶対視するのは間違いであると考えている。本来、株主権は絶対的なものではない。法的にもさまざまな制限が課せられている。株主に与えられた特権に対応した制限があるのは当然である。その制限は国によって微妙に違う。

 それ以外に法律として明文化されていない制限もある。利害関係者が守るべき不文律として慣習法化しているものもある。

 今回のような攻撃的株主の狙いは、日本企業が営々とため込んだ内部留保資金を奪い取ることである。彼らは自己資本利益率に注目する。留保資金を株主に配分すれば自己資本利益率を高めることができると考える。

 そのためには次のような論理が使われることがある。利益はすべての利害関係集団への支払い義務を果たした後に残るものであり、株主のものである。留保利益も例外ではない。

 ≪年度で完結しない取引≫

 この留保利益を企業の将来の利益を伴う成長のために使うのであれば、株主の利益になるが、現金として置いておくのであれば、その利回りはきわめて低い。そのようなお金は株主に配分すべきだという理屈である。

 多様な利害関係集団との取引が、毎年その年度内に完結するのであればこの論理は正しい。しかし、日本の企業は多くの利害関係集団と長期的取引をしている。長期的取引にはその年度中で完結しない貸し借りがある。それは明確な契約として行われるのではなく、不文律に従って行われている。従業員との間には終身雇用の不文律がある。

 このような慣行があるから、会社側は従業員の能力開発に投資できるし、従業員もそのための研鑽(けんさん)を積むことができる。サプライヤーとは長期継続取引の慣行がある。

 顧客企業に長期的な安定性があるからサプライヤーは技術や設備に安心して投資ができる。このようにつくられた取引ネットワークが日本の産業システム全体の高品質を支えている。

 攻撃的投資家はこのルールを変えることによって自らの利益をはかろうとする。

 自己資本を株主に配分するというやり方は、企業の安定性を低め、債権者などの他の利害関係者に迷惑をかけるリスクを高める。有限責任の株主はそれでよいかもしれないが、従業員や取引先には取り返しのつかない損害を与えてしまう。

 ≪投資利益の源泉は実業≫

 それだけではない。一部株主の要求は日本の産業全体の競争力をも奪ってしまう。英国は企業統治がうまく行われている国だというが、そこでは製造業のよい企業は育たない。製造業は付加価値が低いから、金融業に産業構造をシフトさせたのだという説明がおこなわれることがあるが、投資利益の源泉は製造業などの実業であるということを忘れてはならない。

 現在までのところ、このような攻撃的株主の利己的な要求に迎合する株主は日本ではまだ少ない。留保利益を株主に分配せよという要求は、株主総会で否決されることが多かった。しかし、他の株主の辛抱がきかなくなる危険はある。また、攻撃的株主が経営妨害を行う危険は常に存在している。経営妨害をすることによって、自分たちの要求を無理やり押し付けやすくなるからである。

 このような株主の跋扈(ばっこ)を防ぐためには、留保利益の分配を要求した株主は長期保有を義務付けるという法的制限を加えるべきである。攻撃的株主は自らを正当化するために自分たちは長期的投資家であるということが多い。だとすれば、長期保有を義務付けられても痛くもかゆくもないだろう。

 残念なことに規制当局は、投資家保護を標榜(ひょうぼう)しており、投資家の権利に制限を加えることに消極的である。しかし、投資家保護の大前提は、健全な経営を行う強靱(きょうじん)な企業をつくることであるということを思いだしてほしい。

 投資家保護という名目をもとに企業経営の健全性を低下させるのは本末転倒である。  (産経新聞【正論】神戸大学教授・加護野忠男)