【日本の未来を考える】
【日本の未来を考える】


 ■消費大国の夢よもう一度

 為替レートが円高方向に振れている。為替レートの将来の動きを予想することは不可能であるが、現在の円レートが依然かなりの円安であることを考えると、今後さらに円高に進んでいったときの日本経済の姿について考えてみる必要がある。

 そもそも、今よりも円安の状況は日本にとってあまり好ましいことではない。日本の1人あたりの所得が世界ランキングの中で大きく下がったことが一時話題になったが、これだけの円安になればそうなって当然だ。円安になるということは、海外から見た日本の所得が低くなるということだ。つまり日本はそれだけ貧しくなったのである。円安であれば輸出企業は有利だろう。しかし、輸出が増えても日本国内が全体として景気回復感を持てなかったのは、消費などの内需関連の産業が元気になっていないからだ。米国の政府高官であれば、「強いドルがアメリカの国益だ」というところだろうが、「強い円なしに日本の豊かさはありえない」のだ。

 これまでの日本経済は、あまりにも外需に頼りすぎた。だからこそ、円高になると輸出が厳しくなるので、景気の先行きに不安感が出てくる。しかし、本来は国内の消費や投資などの内需がもっと出てこなくてはいけない。内需が出てくるかどうかに、日本経済の命運がかかっているのだ。

 今の状況を1985年と比べてみると面白い。当時、1ドル=250円前後であった為替レートは、同年9月のプラザ合意を受け、88年には1ドル=125円にまで円高に進んだ。急激な円高で輸出企業が打撃を受け円高不況が叫ばれた。しかし、現実にはこの円高の中で、消費や住宅などの内需型産業が大幅に伸びたのだ。ただ、その内需拡大が強すぎて90年にかけて不動産バブルが起きたのは反省点ではある。円高の中で海外から安価で多くの商品を購入し、企業の海外展開を進め、国内の消費活動が活発になった。為替レートが大きく変化するときには、経済の構造もそれだけ大きく変化するのだ。

 当時、政府は前川リポートを出した。輸出一辺倒の経済ではなく、内需や輸入を拡大し、真の意味での消費大国を造ろうとしたのだ。偶然にも、現在、政府は経済財政諮問会議の中に「構造変化と日本経済」専門調査会を設置し、そこで平成版の新前川リポートを作ろうとしている。80年代後半の夢よもう一度、ということだろうか。

 今のような政治状況の中で、政府がどれだけ有効な政策を打てるのか疑問ではあるが、仮に円高方向に為替レートが大きく振れるようなら産業の内需シフトが進むことが期待される。では、その内需とは何だろうか。その鍵は家計部門であることは明らかだ。ただ、従来型の消費にあまり期待できない。家計部門が「今の幸せ」のためではなく、「将来の幸せ」のためにお金を使うようになることが大切なのだ。

 日本最大の産業といってよい医療、日本の将来の競争力につながる教育投資、そして少子高齢化の中で豊かな生活を実感させるために必要な住宅の質の改善、こうした分野が拡大するようなら、私たちは円高の中で豊かさを実感できるようになるはずだ。消費大国の夢よもう一度!(産経新聞 東京大・大学院教授 伊藤元重)