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「この国のかたち」とは産経新聞の大先輩、故司馬遼太郎氏のことばだが、国の形が実に明確に現れたのが先のフランスのサルコジ大統領の英国公式訪問だった。 週刊誌「パリ・マッチ」などには、バッキンガム宮殿でのエリザベス女王主催の晩餐(ばんさん)会の写真がいっせいに掲載された。仏側の出席者はハンガリー移民2世の大統領に、第二次大戦中にレジスタンスの闘士としてナチスに銃殺されたユダヤ系の父親をもつクシュネル外相、下層階級の多い“郊外出身者”で北アフリカ系のダチ法相、同様の境遇のセネガル出身のヤド外務・人権担当相、そしてイタリア人のカーラ大統領夫人。 仏側の出席者は「フランスに生まれた者は全員、フランス人」というフランス共和国の基本精神である生地主義の代表者でもある。 英国側のメーンは女王陛下にフィリップ殿下、チャールズ皇太子夫妻、アン妃殿下、アンドリュー殿下らで、移民などはもちろんゼロだ。 「百年戦争」を交えた英仏が英仏協商(1904年)を結んでから100年以上になるが、両国は欧州連合(EU)の共通農業政策などをめぐって対立し、欧州統合の牽引(けんいん)役を自負するフランスに対し、英国には欧州統合懐疑論が根深い。そういった相違が理屈抜きで理解できるほど対照的だ。 一方で、クシュネル氏が従来の国際法の不文律「内政不干渉」の偽善に反発して「国境なき医師団」を共同創設したのも、ギリシャで北京五輪の聖火採取を妨害した「国境なき記者団」がフランス人記者、メナールによって創立されたのも、決して偶然ではないことも理解できる。 仏憲法の前文には、「人権宣言」が掲げられている。フランス革命が勃発(ぼっぱつ)した1789年の「人権宣言」が、共和国の基本理念として第五共和制まで引き継がれているからだ。 大半の日本人にとって、人権発祥の地パリはいまだに「花の都パリ」という、陳腐極まりない表現によって代表される“おフランス”の首都かもしれない。しかし、第五共和制の憲法には人権宣言に続いて「自由、平等、博愛」は「国の標語」と明記されており、共和国としての「国のかたち」が歴然と示されている。 それにしても、日本の「国のかたち」はあるやなしや。日銀総裁が長期にわたり空席で、外国メディアからもその異常さや危惧(きぐ)が指摘される中、福田康夫首相や小沢一郎民主党代表の態度は極めて不可解だ。 例として不的確かもしれないが、国際通貨基金(IMF)のトップ、専務理事の選挙でサルコジ大統領は社会党のストラスカン氏を推薦し、国をあげて応援した。トリシェ欧州中央銀行総裁も党派を異にしたシラク前大統領の奮闘によって実現した。フランス人を国際機関のトップにすることの威信も含めた「国益」がかかっているからだ。 「国益」というと、「国民の利益」とは異なると主張し、「国益」をナショナリズムと同一視して非難する人がいるが、日本が民主国家なら「国益」と「国民の利益」は一致して然るべきだ。北京五輪の開会式ボイコットにも各国の「国益」がかかっているはずだ。「国益」には当然ながら、経済的な意味以外の理念などの付加価値、つまり「国のかたち」が含まれている。 バッキンガム宮殿の晩餐会の写真がフランスで好評なのは、ディオールを着た元モデルのカーラ夫人をはじめ、ダチ、ヤド氏らの女性陣がモード大国の代表らしく、英国女性陣に比べて圧倒的にシックでフランス人の自尊心をくすぐったのみならず、共和国の理念を伝えていたからだと思う。【緯度経度】パリ・山口昌子 産経新聞
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