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≪「占領体制」からの脱却≫ 平成19年9月の政権交代は国民の多くにとつて如何(いか)にも唐突で予想外といふ印象を与へるものだつた。そこには同じ与党の政権であつても、前の内閣の政策が次の内閣に継承され、国の政治姿勢に連続性を保たせるといふ約束めいたものは何もなかつた。その事は前政権の支持者達に多分に国家の前途に対する憂慮を抱かせる暗い材料だつたが、新しい内閣の政治が半年を越えた現時点で振返つてみると、暗い予感は殆(ほとん)ど全てが的中してしまつた感じで、何とも遣切れない思ひである。 前内閣が掲げた政策目標は「戦後体制からの脱却」といふ標語に集約されるものだつたが、この「戦後体制」といふ用語が、敗戦による荒廃からの国土の再建と復興に尽力した世代の疑問や誤解を呼んだ面があつたかもしれない。あの真意は「占領体制からの脱却」といふ事だつたのだが、米軍による軍事占領が終了してから半世紀余を経過した現在に対して「占領体制」といふ呼名を以てするのはあまりに人騒がせな表現と思はれ、それを使ふのは避けたといふことだつたのだらう。 然(しか)し乍(なが)ら、我が国の今日の現実には、殊に国際関係に於(お)いて、先の大戦の戦勝国による敗戦日本に向けての占領政策がなほも続いてゐる、もしくは再び強化されつつあると見る外はない様な国辱的現象や怪事件が余りにも多いのである。而(しか)もそれは旧敵国の側から我が国に向けての復讐(ふくしゅう)心を交へた敵意によるものであると同時に、我が国内に於ける所謂(いわゆる)「占領利得者」達が己の既得権益を墨守しようとしての党利党略に発する部分が大きい。事態は外交問題の次元を大きく越えた深刻さを有してゐると見ざるを得ない。 ≪未然に防止すべき危険≫ 紙幅の制約上詳述は避けるが、国民が現在享有してゐる自由で安寧(あんねい)な秩序を根底から突き崩してしまふであらう陰険な破壊工作の兆候が歴然と存在する。差当つての危険は提出強行の恐れがある人権擁護法案、外国人の日本国籍取得に特例を認めるといふ抜穴を含めての外国人参政権法案、そして既に立法化され、一年後に予定されてゐる裁判員制度といふ暴挙の実施強行である。 以上未然に防止すべき危険に加へて、未解決のまま暗礁に乗り上げた形の被拉致同胞救出問題、北方領土の不法占拠と我が竹島の領有権への暴力的侵害等、数へてゆけば我々の直面してゐる国家的難題の深刻さと険しさ、それに対する現政府の無為無策と怠惰の姿勢に唯々深い憂慮に襲はれるばかりである。 以上の被占領後遺症とも呼ぶべき屈伏(くっぷく)症候群を克服するための最低必要条件として、筆者が十数年来本欄を借りて度々提言してゐるのが「主権回復記念日」の公的制定である。即(すなわ)ち昭和27年4月28日、日本対連合国間の平和条約が効力を発生し、我が国は敗戦から生じてゐた旧交戦国相手の物的心的負債を全て清算し、完全な独立国家主権を回復した。それ以来本年で実に56年の歳月が経過してゐるのに、国民の中に未(いま)だに国家主権の尊厳といふ意識に催眠術でもかけられた如(ごと)く、敗戦=被占領国根性から抜出せないでゐる不思議な人種が少なからずゐる。そしてその人々は多く前記の占領利得者群と重なつてゐる。 ≪前政権の抱負の再提起を≫ 4月28日を、日本の国家主権回復記念日といふ「国民の祝日」の一つに指定し、この日を昭和27年に生じた被占領状態からの全面的解放といふ現代史の重大な時代区分を国民が想起し、その意義を熟考する日としたい。前政権の抱負として国民の高い評価を得ながら、半途で挫折し、呆気(あっけ)なく忘れられてゆく気配の濃い「戦後体制からの脱却」といふ目標を、この祝日制定を契機に再度一般市民の間から提起し、且(か)つそれを貫徹したいといふのが念願である。 この記念日を「国民の祝日」として翌4月29日の「昭和の日」に連接せしめる、といふ運動は、具体的には現行祝日法の一部改正といふ手続きによつて目的を達することになる。その法的手続きは一個の市民運動の枠内では素人の手に余る難事だが、幸ひにしてここ数年来この記念日の集会への参加を機会に、一部の若手国会議員の中から、議員立法といふ形でこの法改正を実現しようとの意志を有する人々が声を揚げてくれる様になつた。且つその人々には、この日こそが内閣総理大臣が靖国神社に参拝するのに最もふさはしい日だとの高邁(こうまい)な認識がある。筆者の思ひも同じである。但(ただ)これが実現には一部有志に限らない、相当多数の国会議員の賛同と参加とが必要であらうし、更にはその議員達への民意=世論の支持が亦(また)欠かせない条件であらう。その実現に向けての江湖(こうこ)の理解をお願ひしたい。 (産経新聞 【正論】東京大学名誉教授・小堀桂一郎)
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