自衛隊のあり方と防衛省改革
自衛隊のあり方と防衛省改革


 ≪新状況に対応できない≫

 このところ防衛省や自衛隊に関係する事故や事件が相次ぎ、防衛省の改革論議がにぎやかだ。なかでも守屋前同省事務次官の汚職事件、一連の秘密漏洩(ろうえい)、イージス艦「あたご」の衝突事故などは、その組織・機構のあり方に重大な疑問を投げかけた。

 自衛隊はこの半世紀にわたる先人の苦節と努力によって、アジア有数の戦力に発展している。災害派遣に従事する自衛隊員の姿は頼もしくもある。一連の事件は自衛隊が精鋭組織と信じていた人たちの信頼を裏切るものであり、その責任は重大である。

 しかし、これらの事件の原因と組織・機構は直接の関係はない。確かに、事故後の措置や報告については組織・機構に問題があるものの、事件の原因の多くは指揮官の指揮や隊員の規律、士気にある。とはいえこれらの問題を国家的見地からみると、その背後にもっと根本的な問題が存在すると思わざるを得ない。

 国家の防衛に対する国民意識の問題はその一つ。特に、米国で起きた9・11テロ以降、防衛の目的や意義が分かりにくい。わが国にとっての脅威には朝鮮半島、中国から来るものや非対称脅威という問題がある。しかし、これらが現実には、いかなる脅威になるのか分かりやすく説明されていない。

 こうした新しい状況に自衛隊の問題意識が追いつかない。結果として質の良い隊員ばかりとはいえず、部隊の規律や士気を維持することは難しく充足率も良くない。しかし、部隊には任務がある。艦艇や航空機には士気も規律も高い隊員だけを乗せたいがそうもいかない。仮に艦艇の上で携帯電話している隊員がいても、しかれないこともある。辞められたら困るのが目に見えているからである。

 ≪軍隊としての装いを≫

 この際、国家の防衛とは何なのか、なぜ、今、何が必要なのかなど、冷戦後におけるわが国の「防衛のあり方」について根本的な議論を尽くす必要がある。

 また、自衛隊が実質的な軍隊であるにもかかわらず、軍隊としてみられない扱い、しばしば自衛官が文民より低い扱いを受けることも問題である。今日、隊員の多くがこの状況に慣れ切っているが、間違っては困る。この組織の本質は戦闘集団であり、その使命は生命をかけて国家を守ることにある。そのため武器を持ち訓練をしている。自衛官は海外に出ると国際条約で軍人として扱われる。だからこそ安心して自衛官を海外に出せるのである。

 しかし国内では軍隊でないので、事件や事故を起こした場合には、警察に取り調べられ、一般法で処理される。諸外国では軍事法廷、軍事裁判の制度があり、軍人は軍法で裁かれる。もっともこれのほうが刑罰は厳しいが、それは求められる資質からして当然である。

 他方、国としては国家の安全保障や国防戦略を国家レベルで審議する国家安全保障会議を作るべきであるし、自衛隊の任務や武器使用について自衛隊の手を縛るようなことをせずに、指揮官に委ねるための法整備を進めるべきである。また、秘密保護の法整備を進め、国会には秘密公聴会を設置すべきである。隊員個人が名誉を重んじられるよう勲章や階級呼称、慰霊碑や公務死の場合の補償など国家がやるべきことは多い。

 こうした制度の不備を放置して隊員の意識改革だけを論じることは非合理である。

 ≪文民と隊員の有機統合≫

 もちろん自衛隊員も軍人として求められる意識や規律をもっと自覚すべきである。一般人としても首をかしげるような事件・事故を起こしている自衛隊員を軍人として扱えという方が無理である。

 防衛省、自衛隊の組織・機構改革はこれらのあとに来る問題である。この問題の本質は、総理や防衛大臣の指揮監督下にある自衛隊という実力集団と国家行政組織として運営する防衛省の双方を最も有効に統括するためにいかなる組織・機構がありうるのかという問題である。その際、双方がその機能を最大限に発揮するためには内局と各幕が有機的に統合され、文官と自衛官が混合してポストにつき大臣を補佐するのが良い。

 また、これからの部隊運用を展望すると統合作戦活動が増加するであろう。これに対応するためには統合任務部隊を増やして、これを軸に防衛省内局と統合幕僚監部を強化する方向が望ましい。

 いずれにせよ、この組織・機構を動かすのは人である。豊かで柔軟性のある人材に恵まれなければ組織を改編しても意味はない。防衛省、自衛隊は創設以来半世紀、初めての大改編に直面しており、これを乗り切らなければ将来はなく、その意味で今は正念場である。 (産経【正論】拓殖大学大学院教授・森本敏)