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≪注目される「交流使」≫ 海外で日本の伝統的な文化といえば、茶道、華道、書道であり、芸術として頭に浮かぶのが歌舞伎であり、次に能であろうか。歌舞伎は勘三郎率いる中村座がニューヨークで公演し、あの口うるさいニューヨーカーから絶賛され、またパリではオペラ座での開演に先立ち団十郎がフランス語で口上を述べるなど、「カブキ」はいまや世界で評価される日本を代表する芸術となった。 しかし、日本の誇る伝統的な芸術も、文化の違いによってまったく理解されないこともある。たとえば、芭蕉の名句「古池や蛙(かわず)とびこむ水の音」も「蛙」をフロッグと訳すと(ほかに訳しようがないのだが)、カエルがポチャンと池にとびこむ滑稽(こっけい)なイメージとなり、苔(こけ)のついた古い池に蛙がとびこみ、波紋が広がったあと静けさが戻ってくる幽玄な情景は海外の人々には絶対に浮かんでこないのだ。 日本語のままでは、海外での紹介には限界がある。川端康成がノーベル文学賞を受賞できたのも、日本と日本文化を熟知するエドワード・サイデンステッカー教授が、名作「雪国」をはじめ川端文学を文化の壁を乗り越えて欧米人に理解できる美しい英語に翻訳してくれたからである。 日本の誇る文化を海外に紹介するにはいろいろな方法があるが、一番望ましいのは、芸術家、文化人、研究者など日本の文化に深く携わる人々に一定期間「文化交流使」として海外で活動してもらうことである。 ≪「日本の心」を伝える≫ 文化庁は平成15年度からこの制度を発足させ、3つのやり方でおこなっている。(1)日本在住の著名人を派遣する、(2)海外在住の日本文化に造詣(ぞうけい)の深い方々を起用し、現地で活動してもらう、(3)公演などで来日する諸外国の著名な芸術家に日本滞在の期間を利用して学校などを訪問してもらい実演、講演などを依頼する、である。 特に(1)の海外派遣型を例にとると、平成19年度は華道、盆栽、能、人形浄瑠璃、日本舞踊、日本画、落語などその道に精通する人材11人を「日本の心を世界に伝える」使者として海外に送った。1カ月以上1年以内にわたって各国で日本文化への理解を深め、日本と外国の文化人にネットワークの形成、強化につながる活動を展開してもらうのである。 落語に例をとろう。 日本独特の笑いの芸能は果たして外国の人々に理解してもらえるのであろうか。落語の紹介には2つのやり方がある。ひとつは落語家が日本語で演じ、同時に背後にある字幕で説明する方法だ。 演じる前に、なぜ着物でやるのか−着物を着ることで男も女も老人もこどもも表現できること、小道具は手拭(ぬぐ)いと扇子だけだが、手拭いは手紙、本、財布などをあらわすのに使われ、扇子は煙管、棒、刀、釣り竿の代用となること、さらに、1人の演者が座ったままで顔を左右に動かしたり、ちょっとした仕草(しぐさ)や声のトーン、雰囲気だけで武士、商人、芸者、こども、おばあさんなど何人もの人物を使い分け、歩く、走る動作も表現できることを理解してもらう。 しかし、字幕をみるタイミングにあわせ、噺(はなし)のテンポは遅くする、ものを食べたり、飲んだりする動作は時間をかけ、じっくり見てもらうといった工夫で高座をつとめる。さらに寄席の踊り、南京玉すだれなどの寄席芸も披露する。 ≪「時そば」を英語で≫ 第2の方法は、落語を英語で演じることだ。関西で特異なキャラクターで人気のあった故枝雀がはじめ、海外留学の経験の長い大島希巳江文京学院大准教授が積極的に働きかけて広がった「英語落語」はいまやアメリカ、イギリスはもとより英語の通じる各国で受け入れられるにいたった。 勘定をごまかす「時そば」(関西では時うどん)など、「ワン、ツー、スリー…」「ホワッタイム、イズ・イット?」「テン・オクロック」「イレブン、トエレブ、サーティーン」とやっただけでわっとくる。 ズルズルと音をたてて箸(はし)でそばを食べる、汁をすする場面は万国共通で大受けだ。 長屋、家主といった日本独特の共同社会や人間関係、うどん、人力車といった食文化、生活文化の詰まっている落語を通じ、笑いのうちに日本文化の紹介ができるという趣向である。 上方落語界の実力者桂かい枝はこれまで世界12カ国、31都市で200回以上の公演実績があるが、現在、「英語落語」をひっさげてシアトル、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントンDC、セントルイス、カンザスシティーなど全米17都市を回っている。 まさに最適の文化交流使ではないか。(産経【正論】慶応大学名誉教授・池井優)
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