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先日町で偶然に出会った長い見知りの外国人記者から立ち話の中で詰問された。「なんで日本はオリンピックに参加する世界の国々のために今すべき責任を果たさないのか」と。 何のことかと質(ただ)したら、多くの被害者を出した中国産冷凍ギョウザに混入した毒物による中毒事件の解明は、唯一の被害国である日本の政府の責務であるのに、その後の日本政府のこの問題に対する姿勢は理解に苦しむ、という。 「中国の食物の危険に関する情報はかねがね聞いてはいたが、同じ日本に暮らす我々外国人にとっても決して他人事(ひとごと)ではない。自分もギョウザを食べることがあるが、中国産の冷凍食品に毒物が広く混入していたという実態には慄然(りつぜん)とさせられた。現に被害が出て一人の少女は意識不明とまでなってかろうじて蘇生(そせい)したというのに、日本の政府はその事態をどう捉(とら)えているのかさっぱりわからない」 その彼はなかなかの食通で、日本での中国料理を含めて日本の各種の料理を高く評価している男だが、日本人の多くが血道を上げる上海ガニの危うさについても私に忠告したことがあった。彼が目にした宇宙衛星からの写真によると、上海周辺の海の色はほとんど真っ黒に近く、あれを見ればあの周辺の海水の汚染は想像を絶するもので海水の色からしても汚染の中には重金属を含めて危険な物質が多大に含有されているのが自明だと。にもかかわらず日本人が季節になると上海ガニに憧(あこが)れむらがるというのは気がしれないといわれたものだ。 冷凍ギョウザへの毒物混入に対しての中国当局の説明も奇なるもので、あの毒物が中国で混入した可能性は極めて少ない。日本において混入したとはいわないが、うんぬん。 日本側は警察による調査の結果を発表送付したが、相手側はそのつきあわせを未(いま)だにしようとはしていない。彼らの姿勢に対して日本の警察庁は極めて不満でいるが、日本政府はそれを国家の意思として表明しようとはしていない。その陰に外交における思惑があるとするなら、これはそうした配慮によって計量取引されるべき問題では決してあるまい、とその記者は私をなじってきた。 さらに、自分たちの分析予測では、この事件に関しては中国政府は共産党独裁政権の常套(じょうとう)手段として誰かしかるべき者を犯人にしたて冤罪(えんざい)をかぶせて処理すると思っていたが、いっこうにその兆しもみえない。 ということはあの出来事の背景はもっと大きく深刻で、一部の反日分子のはねあがりなどではなく、現在の政治体制そのものへの反対勢力の画策なのかもしれない。とするとそうした勢力がオリンピックを捉えての反政府テロを企てる可能性があるとするならば、オリンピック開催中にあの種のテロを行う可能性は優に想像できる。 もしそうした手合いが開催中にオリンピックの選手村の食堂のための調理場で、つい先日同じ中国産の冷凍食品から発見されたというパラチオンのようなほとんど無味無臭の毒物を料理に散布したら大変な事態になるだろう。それを阻止するためにも今限り世界で唯一の被害国である日本の政府が、ことの糾明をもっと本気で行う必要が絶対にあると。 いわれて私はあることを思いだした。最近になっての調査の結果、たしか千葉県で起こったギョウザの中毒事件関連の製品からさらにパラチオンが検出されたのだ。 実はこの毒物について私にはある特別な認識がある。 以前『化石の森』という長編小説を書いた折に物語の展開の小道具としての毒物について調べ、架空のメディアチオンという毒物を創(つく)り出した。そのヒントは当時すでに存在したパラチオンという猛毒にあった。 パラチオン、マラチオンといった毒物はドイツの毒ガス研究の副産物として発見された有機燐(りん)酸エステル系の薬物で、人体に付着した際の浸透性蓄積性は高く、その毒性はかつてある科学者がパラチオンの急激な中毒の最低量を確かめようと、ごく少量0・004オンスという微細量を飲み込んだとたん、手元においた解毒剤を飲む暇もなく麻痺(まひ)に襲われ死亡したという有名な挿話があるほどのものだ。 当の記者もそれを知っていて、日本ではもう誰も使う者もなくなった激毒物が、中国から輸入された製品に混入していたということにショックを受けたという。 いわれて私としてもまたあらためてのショックがあった。9・11やロンドンでの地下鉄テロという体験を持つ欧米諸国にすれば、日本で起こった食品によるテロか事故か分からぬが、食品に関して現実に起こった大不祥事の原因について唯一の被害国である日本の政府が、はたから見ればそれをほとんど等閑視している実情は理解できぬし、余計な不安を育てかねまい。 考えてみればアメリカ産の牛肉のBSEに関しては極めて神経質なこの国が、現実に被害者の出た中国産の冷凍食品に関して、はたから見ればいかにも鈍感に過ごしているというのは許されず、今日の問題多い世界情勢の中で物議をかもしながら行われようとしている北京オリンピックのためにも、ことの原因の糾明は世界に対して果たすべき責任の履行といえるに違いない。産経新聞
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