【日本よ】石原慎太郎 なにゆえの楽観か
【日本よ】石原慎太郎 なにゆえの楽観か


 人類は今、宿命的な危機、それも複合的な危機に晒されているようだ。その一つは進み過ぎた文明のもたらした自然の循環の阻害がもたらした温暖化によるさまざまな気象異変。加えて、これも実は地球の文明のもたらした宿命的な循環ともいえるらしい、強力な新規の疫病としての鳥インフルエンザの到来だ。

 こうした現況は、以前にも記したブラックホールの発見者宇宙物理学者のホーキングが予言したように、悪しき文明によって自然の循環を狂わせてしまった地球という惑星の負うた宿命なのだろうか。

 私はポイントオブノーリターンのせまった温暖化の問題の結末については極めて悲観的で、中期の将来に横たわる人間の存在を左右しかねないこの問題に関して、今に生きる人間たちが中未来の子孫のために今から責任をはたしその防止に積極的に対処するというのは極めて難しい、というより考えにくい。この頃少し姿勢が変わってきたと聞くが、日本の経済界を代表する経団連が温暖化対策についてはきわめて消極的だったというのはその事例の一つだろう。

 しかしその経団連が、同じ未来の鳥インフルエンザという不可知な問題に関しては対称的に極めて積極的で、そのために企業の経費負担も敢えて行うという意思表示を行おうとしているのは、要するに事態の到来が近未来か中未来かという違いのせいだろう。経団連の意向は、近々到来するだろう新しい疫病鳥インフルエンザ対策のためのワクチンの量産に必要な金を企業も負担しようから、政府はもっと本腰いれて多くの国民のためのワクチンの準備に乗り出してほしいということのようだ。

 思い返せば人類は過去から、ある長い周期に沿って恐ろしい疫病の発生に晒されてきた。コレラ、ペスト、天然痘、ホンコン風邪等々。そして今、鳥に限って発生する疫病が他の動物からさらに人間にも及ぼうとしている。そして現に従来の呼吸器と腸管だけを冒す低病原性弱毒型のインフルエンザと違って、すべての臓器を冒す高病原性強毒型の鳥インフルエンザの発生がせまりつつある。

 それに備えてアメリカでは、大統領命令で全国民にわたるプレパンデミック・ワクチンの製造がほぼ完成し、スイスではすでに、全国民のみならず観光立国のために滞在中の全観光客のための備蓄が完成している。なのに、この日本ではワクチンはいまだに2000人分のものしかなく、政府は今年度に医療機関や検疫の職員6400人、来年度には警察官1000人を対象にした備蓄の予定でしかない。

 この格差の原因は、それぞれの政府の鳥インフルエンザが猖獗した際の死亡率の推定の差だ。この未曾有の強毒性のウィルスがどれ程の速度で広がり、どれほどの数の人間を殺すかは全く未知のことだが、アメリカやスイスの予測は最悪の場合を想定して20%強、日本では2%弱でしかない。時間的空間的に世界が狭小となった今日、地球のどこかで発生したインフルエンザは文明の便宜性に乗って短期間で世界中に蔓延してしまうだろう。

 しかし、とかく問題多い日本の厚生労働省の予測の論拠は定かではなく、要するに日本の官僚の通弊として、それだけの金をかけて備えても、もし空振りに終わった時の責任を誰がどうとるかということでしかない。

 自然の循環を狂わせた現代文明の皮肉な事例の一つに、かつて世界を危機におとしいれたスペイン風邪の折、埋葬が間に合わず氷河に投げ込んですませた患者の死体が近年温暖化で露呈してきて、それを回収して解剖分析した結果かつての疫病が水鳥から感染したと判明した。フランケンシュタインの怪物の復活ではないが、それが今また人間を襲おうとしている。あれから今日まで、ウィルスという悪魔は人間の目の届かぬところで変質成長しかつてにまして猛威をふるおうとしているのに、いかなる認識でか、他の先進国とかけ違った認識で、日本の政府は死亡率推定指数の格差に見られるように、驚くほどの楽観で最低限のワクチンの備えですまそうとしている。

 もしこの東京で疫病が他国の予測通りの猛威をふるったなら、狭い都市空間に膨大な人口をかかえる一種の閉鎖的空間の日本の首都で病魔がどのような惨事をもたらすかは想像に絶する。日本の頭脳部心臓部である東京が機能麻痺した時は国そのものが崩壊しかねまい。故にも地方自治体の中で東京は真っ先にワクチンの製造備蓄の促進を国に促す議決も行ってきたが、もし事がはかどらない時には、都独自の支出で都民のためのワクチン製造を行ってもいい。恐らく国の役人は面子にかまけてその許可をしまいが。

 しかしその前に国の権威?は推定死亡率の彼我の格差に現れている楽観の論拠を国民の前に披瀝すべきではないか。

 すでに死亡者を出した途上国の政府は死者をワクチン製造のために拠出することを、そんなことをしても自分たちの手に正規のワクチンが届くことはあるまいということで拒否したとも聞く。日本はアメリカなどと違ってすでにワクチン製造のための施設は完備されていて、製造のコストは比較的に安くもすむ。そこで製造されたワクチンを途上国に頒布することは何よりのODAにもなるに違いない。

 いずれにせよ国はすでに歴然としている他の先進国と日本との、この問題に対する姿勢の格差の論拠を国民に知らしめる責任がある。産経新聞